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聖南は泊まってるホテルとは別の方へと車を走らせていた。
「聖南さん、ホテル戻らないんですか?」
「んー? 戻らねぇよ。今日は別のとこ泊まる」
「えぇ!? いつの間にチェックアウトしたんですか?」
「してねぇよ。明日の夕方荷物取りに戻らねぇとだし」
「も、勿体無いですよ!」
「いいのいいの。葉璃はそんな事気にしなくて」
「でも……!」
おかしいなぁ、と思ってたら、あの豪華な部屋には戻らずに別のところに泊まるなんて、一般家庭育ちの俺からしたら考えられない。
気にしなくていいなんて言われても……気になるよ。
オロオロしてる間に鬱蒼とした林を走り始めて、窓の外を眺めると辺り一面が木だらけ。
ちょっと不気味な森の中をどんどん進んでしばらく、眼鏡聖南が目を細めて「あっ」と明るい声を上げた。
「やーっと見えてきた。ナビ頼りだとどうしても遠回りになんだなぁ。まぁしょうがねぇか」
聖南の目線の先を追うと、何やらログハウスのような建物があり、そのまま傍の空いたスペースに車を停車させた。
「ここ、今日泊まるコテージ」
「コテージ……? な、なんか……怖いな……。辺り真っ暗で何も見えないですよ」
数百メートル間隔で転々と似た造りの建物があるみたいだけど、それは薄っすらとしか確認出来ない。
まったく何も見えない暗闇と恐ろしいほどの静寂が、初夏である事を忘れさせてヒヤリと背筋が寒くなる。
動物とかおばけとかそんなものが出てきそうな雰囲気に、車から降りた俺は怯えて聖南にしがみついた。
「はい、急いで急いで」
「えっ、えっ? 急ぐって何でですか……!」
こんな何が出て来るか分からないような場所でも平気そうな聖南は、俺の手を握ってコテージの中へ入ろうとしたんだけど、俺はなかなか足が前に進まない。
情けなくも、お化け屋敷に入るような心境だった。
「俊足な葉璃も暗闇は怖いらしいな、かわいー♡ よいしょっと……」
「わわわわっ……!! いいですよ、こんな! おろして!」
「んな事言って〜。かわいくしがみついてきてんのはどこの葉璃ちゃんかなぁ。誰も見てねぇんだからこんくらいいいだろ?」
軽々と俺を姫抱きした聖南の首元に慌てて掴まると、チュッとキスを落とされる。
昨日からの俺のぐるぐるは何だったんだろってくらい、今日の聖南は甘々なベタベタが復活していた。
数歩先のコテージの玄関を開けて、入ってすぐのスイッチを押した聖南がゆっくり俺をおろしてくれる。
パァッと部屋全体を照らした明かりは落ち着いた温かみのあるオレンジライトで、俺は咄嗟に広々とした室内よりもとても高い天井に目を奪われてしまった。
聖南の家にもあるシーリングファンがここでは三つもくるくる回っていて、目が回りそうだ。
「広いーーっ。……わ、可愛い。何ですか、これ」
フッと笑う聖南に体を支えられて視線を下に向けると、そこには木製の大きなテーブルがあった。
テーブル上には小さな花がたくさん敷き詰められていて、その真ん中に何かがあるのに気付いた俺は近付いて確かめてみた。
白とピンクが入り混じった花達の中央、そこにはフルーツが盛りだくさんのったケーキがあって、そして ──。
「あ……」
プレートに書かれた文字が目に入った途端、すべてを悟った。
急いで振り返ると、まだ玄関先に居た聖南が腕時計を確認していて、ふと顔を上げる。
「誕生日おめでとう、葉璃」
「────っっ!!」
すぐには言葉にならなかった。
でもとにかく、何よりも、どんな事よりも、嬉しい、嬉しい、嬉しい……っ。
聖南のもとへ駆け寄って飛び付きたいのに、全身が喜びで硬直するという妙な感覚に襲われていて一歩も歩み出せなかった。
俺自身でさえ忘れてた誕生日を、……聖南が知ってくれていたって事が信じられなくて……。
ありがとう、って言わなきゃいけないのに、声も出ない。
目の奥が熱くなって、唇が震える。
「あ、泣きべそ顔してんぞ。……おいで」
ニッと笑い、両腕を広げて歩んでくるヤンチャな笑顔を見た瞬間、妙な感覚を引き摺ったままその体に抱き付いた。
飛び付かずにはいられなかった。
「聖南さんっっ!!!!」
「おっと……。……葉璃、十八歳おめでとう」
「……ありがとう、ございます……っ」
勢いで聖南の体が向こうへ傾くくらい、飛び付いてやった。
聖南が「おめでとう」って言ってくれる度にほっぺたが熱くなって、心が蕩けそうだ。
こんな事、想像もしてなかった。
「聖南さん……」
「葉璃、大好き。愛してるよ。愛してる。……愛してる」
「俺もです。俺も大好きです……! ありがとうございます、こんな……っ」
外はちょっと怖いけど、こんなにムードのある知らない場所で、聖南が俺のために準備してくれたんだなって思うと……泣かない方がおかしい。
俺の誕生日を祝うために、誰も知ってる人の居ないこの場所を選んで、テーブルいっぱいに敷き詰められた可愛らしい小さな花達をも用意してくれて。
何にも代え難い聖南からの愛の言葉も貰って。
嬉しくて嬉しくて、涙が止まらない。
抱き締めてくれるこの腕も、「愛してる」と甘く囁いてくれる唇も、俺のものだ。
俺の──。
「この花、何か知ってる?」
聖南が指先で俺の涙を拭ってくれながら、テーブルの上に視線をやる。
「……っ何だろう……カスミソウ……?」
「よく知ってんな。俺知らなかったのに」
「ふふっ……」
俺の腰を抱いてた聖南がテーブルへと向かい、一輪ずつカスミソウを束ねていく。
「これな、色んな花言葉があんだけど。清らかな心、幸福、ピンクは感激……そんな感じ。葉璃にピッタリだなーと思って」
「…………」
「派手じゃないとこがいいだろ。……はい、ブーケ」
「えっ……?」
束ねたカスミソウの茎の長さを切り揃えて緑のテープで縛り、太めのリボンを可愛く巻き付け、俺に渡してきた。
そんな事も出来るんだ…と聖南の手際の良さに驚いて受け取ると、涙を流す間もなく聖南が目の前にやって来る。
何だかジッと見詰めてくるから、俺も顔を上げて真剣に聖南の瞳を見た。
「俺は生活能力もあるし、当然戸籍も綺麗だし、早く葉璃を縛りたい。来年の四月から同棲開始して、二年後には何がなんでも、俺と同じ名字になってください」
「えっ、えっ? あの、いや、……せっ、聖南さんっ!?」
可愛くて可憐な聖南手作りのブーケを持たされた俺は、まるで本物のプロポーズのような台詞を受けて目が点になった。
優しく微笑む聖南を呆然と見詰め続けていると、
「十八歳おめでとう、葉璃。俺のかわいーお嫁さん」
誰もが羨むシチュエーションで、そう言われてしまった。
俺は十八歳の誕生日である今日、恋人であるトップアイドル様からどうやら……熱烈な求婚をされた、みたい……。
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