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ライブ直後でとにかく時間が無かった。
だがあまり慌て過ぎてもカッコ悪いし、流れるようにスマートに葉璃をここへ連れて来たかった。
何せ恋人の誕生日を祝うのも初めてなら、祝いたい人が出来たというのも初めてで、どうしても気持ちが行き急ぐ。
聖南の誕生日に葉璃から貰った目一杯のお祝いと愛を、何倍にも何十倍にもしてお返ししたい。
一昨日甘えまくって言えたものではないが、クールに、落ち着いて、決めたかったのだが。
それなのに腹ぺこ葉璃がチキンを両手に持って笑いを誘うので、自分達に余計な小細工はいらないなと運転しながらそんな事を考えていた。
何とか日付けをまたぐ前に到着して良かった。
本当は年末年始に泊まったような豪奢なスイートルームとフルコースで祝いたかったが、葉璃は、金を惜しみなく使う凝った事があまり好きではないようだから、試行錯誤を重ねてプランを立てた。
このコテージのチェックインは成田に任せてライブ後にキーは受け取っており、先程出くわした康平からも葉璃へのプレゼントは貰い受けている。
高校卒業を目処に同棲する気満々で、仕事の合間を縫って着々と葉璃の両親とも仲を詰めていて、聖南に抜かりは無かった。
あとは葉璃の返事待ちである。
「はるー?」
聖南が数分で手際良く仕上げたブーケを握って見上げてくる葉璃は、黙ったままパチパチと何度も瞬きを繰り返していた。
「メシ、食う?」
「……食べる…」
「即答かよ。 なんてかわいー食いしん坊なんだ」
あまりに動かないのでご飯で釣ってみると、簡単に引っ掛かった。
腹ぺこな葉璃はやっぱり可愛い。
「おいで、メシ作ってやる」
「え!! 聖南さんが!? ついに手料理を食べさせてもらえるんだ!」
突然のプロポーズに固まってしまった葉璃は、人形状態から脱して聖南の言葉にキラキラな笑顔を向けてくる。
「簡単なもんしか出来ねーけどな。 でも葉璃はフルコースでもてなすより俺の手料理のが嬉しいだろ」
「うん!!! 絶対にそうです!! めちゃくちゃ嬉しい~~!」
愛しの恋人は年越しをしたあのホテルは豪華過ぎてお気に召さなかったようなので、金云々よりも真心のこもったものの方が喜ばれるのかなと思い至ったわけだが、それは見事に的中したらしい。
まったく手間はかからないものでも、聖南が作るというだけでその場でピョンピョン跳ねて喜びを表してくれるのだからたまらない。
「座ってていいよ、パスタだから二十分あれば出来る」
ネットでザッとこのコテージ内を閲覧した限り、調理器具の揃わないここで出来るものと言えば、本当にそれくらいしか思い付かなかった。
今までの聖南の価値観であれば確実に、ホテルの最上階で優雅なディナーを、となるところだ。
地味というと聞こえが悪いので、あくまで素朴に、普通に、恋人と過ごす誕生日とはこういうものかなと想像して実行している。
今まで散々、見た目だけ着飾った女達を相手にしてきたからかどうもしっくりこないような気もするけれど、葉璃が喜ぶ事をしてやりたいというのが聖南なりの趣意であった。
パスタ鍋の湯が沸騰してきたので塩を入れて、大食いの葉璃のために大量のスパゲティを投入すると、不意にクイとシャツの裾を引っ張られた。
「…………一緒に居たいです。 料理してる聖南さんの事、見てちゃダメですか」
可愛くこんな事を言いながら必殺上目遣いをしてきたので、危うく包丁を落としかけた。
明太子を皮から外したり、大葉を刻んで小皿に移したりの間、黙って横に張り付いていた葉璃にもう一度「座ってていいよ」と言う寸前だった。
『これ無自覚なんだもんなぁ……困っちまうなぁ……』
ただでさえライブ後のテンションを必死に抑えて「クール」を装っているのだ。
あまり煽るような真似はしないでほしい。
「…それ心の中だけにしといてくんない? 理性ぶっ飛びそうになる」
「ぶっ飛ばしてもいいけど、俺ご飯食べないと聖南さんの体力に付いていけないです」
「それは困る。 今日は三日分抱かなきゃだからな♡」
「み、三日分!? なんで…っ?」
「三日溜めてっから」
葉璃が隣に居て手を出さないなんて、自分でそれを課したにも関わらず言うまでもなく拷問だった。
昨日は特に、口付けを交してしまえば一瞬でスイッチが入ると分かっていたので、本当に何も出来ずほぼふて寝に近い状態で葉璃に甘えて寝かし付けてもらった。
本日二度目の驚愕の声を上げた葉璃はしばしの間の後、シンク内で茹で上がったスパゲティをザルに移している聖南の横顔を見詰める。
「………もしかして、今日のために一昨日からエッチしなかったの……?」
「当たり前だろ。 葉璃の誕生日を祝うためには俺が満タンじゃねぇと」
「ま、満タン!? ………逃げてもいい?」
「ダメ。 逃げても追う。 今日の俺は特にしつこいだろうからなー。 言っといたと思うけど、覚悟しとけよ♡」
「ハ、ハハ………」
すでに聖南から遠ざかっていた葉璃の腰を抱いて引き戻すと、愛想笑いを浮かべているほっぺたをぷにっと摘んだ。
質の良い睡眠を2日に渡って摂り、ライブ後のアドレナリンも手伝って今すぐにも抱きたい衝動を聖南はグッと堪えている。
誰が逃がすもんかと、葉璃の腕を掴んだまま左手で調理を続行した。
こういう時、両利きなのはとても便利だ。
「明太子って事は……たらこスパ?」
「そ。 葉璃って白米のイメージだけどパスタも好きだろ? しかも明太クリームが好物と見た」
「はい、好きですけど…なんで分かったんですか?」
「去年一緒にイタリアン行ったの覚えてる? ETOILEのレコーディングの後かな。 そん時、たらこ即決だったから」
「すごい、よく覚えてますね」
「葉璃情報は全部頭に入ってる」
「………………へへ」
「ニヤニヤしちゃって。 かわいーな、もう」
聖南は葉璃の事なら、彼の両親に引けを取らないほど知り尽くしているかもしれない。
何なら、こうして聖南に向かって照れたようにはにかむ姿は両親でさえ知らないだろう。
出会ってまだたった一年でも、ほぼ毎日連絡を取り合い、そして時間が空く度に逢瀬を重ねてきたのだ。
普通のカップルよりも密度の濃い時間を過ごしていると自負している。
葉璃への愛の重さも、どこの誰にも負ける気がしない。
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