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63・③必然ラヴァーズ
63・③必然ラヴァーズ
曲が流れている以上、歌わなければならない、踊り続けなければならない。
だがどうしても後方が気になって振り返ってしまう。
恭也も同じように、後方の者達に気付いて二度見していた。
錚々たる面子が、葉璃と恭也と共にsilentの振付を完璧に踊っているなど信じられない気持ちでいっぱいで、驚くなという方が無理だった。
サビに入り、後ろを振り返る余裕が無くなってくる。
歌いながら踊るレッスンも数え切れないほどこなしてきたので、不安は無かった。
いざこの場に立つと、緊張よりも「楽しみたい」の方へ感情がシフトする。
それは、葉璃の心持ちがステージに立つ事で多大に変化している証拠だった。
ステージ袖で待機している時は確実にあった緊張も、歌い出し前にはそれが解れている。
目の前一面に広がる様々な色のサイリウムの光が、やはり星空のように見えて涙が出るほど美しい。
こんなにも華やかな世界に立つ勇気も、自信も、度量も、葉璃にはなかった。
踊る事は好きだった。
聖南には高音がキュンキュンすると言われたけれど、自分の声に魅力など感じなかった。
喉を鍛えてきた恭也とは違い、上手くもなければ伸びもない。
そんな葉璃の歌声は、マイクを通すと日頃のレッスンの成果が大いに出ていた。
ーーーもっと上手くなりたい。
自分の歌声はこんなものじゃないはず。
ETOILEに深みを持たせるには、葉璃がさらにたくさん練習を重ねて、より大きく成長しなければならない。
後方でETOILEのバックダンサーと化した者達のように、活き活きと自信を持ってこの場に立つためには、走り続ける必要がある。
葉璃は、瞳に涙をたっぷり溜めて大サビのソロパートを歌い上げた。
アウトロ部分は、ステージに背を向け上半身のみの振りになり、葉璃と恭也は豪華過ぎるバックダンサーの背中に合わせて踊る事になった。
隣で緩やかに踊る恭也を見て、そして前方のダンサー達を見て、アキラ、ケイタの背中へと視線をやり…曲終了と同時に聖南を見た。
歌わなければという思いで堪えていた涙が、とめどなく溢れる。
マイクを握ったまま、両手で顔を覆うようにして葉璃は泣いた。
それに気付いた恭也がすぐさま葉璃へと駆け寄り、ささっと肩を抱いて優しく髪を撫でてやるその様子が、特大モニターにバッチリ映っていた。
観客席から惜しみない拍手と声援が送られている。
それにも敏感に気付いた恭也が、葉璃の肩を抱いたままくるりと観客席の方を振り返り、そして深々と頭を下げた。
『ありがとうございました』
『……っありがとう、ございました…!』
葉璃も恭也にならい、感動に打ち震えながら頭を下げて客席へ感謝を述べた。
この場にいるCROWNのファンと、ステージ上に居る大きな存在と、この場を造ってくれたスタッフ全員に向けての気持ちであった。
『あれ、ハル君泣いちゃってる?』
『ほんとだ。 ハル、大丈夫か?』
スタッフからマイクを手渡されたアキラとケイタが、号泣している葉璃の元へ歩み寄る。
その震える肩を黙って抱いている恭也も、感無量の面持ちだ。
『葉璃、恭也、完璧だった。 な、みんな』
最後に聖南が葉璃の隣へやってきて客席へそう投げ掛けると、「カッコ良かったよー!」「最高でしたー!」とレスポンスが返ってきた。
温かい返答があちこちから降ってきて、葉璃は目も開けられないほど泣いてしまう。
こんなに大勢の前で涙を見せるなどあってはならないと分かっていたのに、止められない。
初めて味わう大きな感動の渦と、CROWNとダンサー達による思ってもみなかったサプライズは、恥じる事なく号泣に値するものだった。
眩しい世界にやって来た実感をひしひしと感じ、いつまでも他人事のような、なかなか湧かなかったETOILEへの責任感が突如として生まれた瞬間でもあった。
『驚きました。 皆さん、ありがとうございました』
マイク越しに、恭也がステージに残るダンサー達とCROWN三人に向かって声を発した。
それに反応した観客から黄色い声援が飛ぶ。
恭也側に居るアキラとケイタが、揃って感嘆の声を上げた。
『おー、恭也もうファンの心掴んでんじゃん』
『いえ、そんな事は…』
『すげぇ…恭也喋ると会場が揺れるんだけど』
『この顔面偏差値ヤバくない? 俺のファンが恭也に浮気しちゃいそー』
『するだろうな。 ケイタ最近アホがバレ始めてるし』
『バレるも何も俺は元から隠してませんー! アホでも一応毎年メロドラマ主役張ってるからね! 浮気されないように頑張らないと!』
『必死だな』
『うるさいよ、セナ! 俺イジるのアキラだけにしてよっ。 二人相手にすると疲れるんだから!』
三人の掛け合いに恭也が笑顔を見せると、特大モニターにその笑みが抜かれたようで客席から「キャーッ♡」という悲鳴が上がった。
一見クールな恭也が優しげに微笑むと、それは女子達には相当な破壊力のようである。
まだ葉璃の肩を抱いたままなのも手伝い、ファン達は何やら良からぬ妄想を抱いていそうだった。
ライブも残りあと僅かとなり、下方のスタッフがいつもの巻き指示を出し始めた。
アキラ達の会話を聞いていた葉璃は、いくらか気持ちが落ち着いてきていて、頬に涙の跡を残してゆっくりと前を向く。
『葉璃、みんなの声聞こえてるか? これがこの世界だ。 …いいもんだろ? あったかくて』
明るくて直視できないほどの無数のライトを浴びて前方を見据えた葉璃に、聖南は笑い掛けた。
『はい……。 素晴らしい世界です』
眩く映る景色を眺めた葉璃の口元に、ようやく笑顔が戻ってきた。
聖南の方を向いてフッと微笑んだその一瞬の葉璃の表情が、翌日各メディアで取り沙汰され、大きな話題となった。
葉璃と恭也、ETOILEとしての初めての舞台は、サプライズを交えながらこれにて無事終了した。
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