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63・④必然ラヴァーズ

63・④必然ラヴァーズ CROWNの三人も、ダンサー九名も、silentの振付を練習している素振りなど少しも見せていなかった。 聖南はもちろん、皆揃ってこの日この時のために葉璃達に内緒で振りを覚えてくれていたのだと知って、控え室に戻るや二人は再度深々と頭を下げた。 「ありがとうございました!」 「ありがとう、っございました…! うぅっ……」 ダンサー達は別の控え室なので先程廊下で感謝の意を伝えたのだが、皆が笑顔で二人を労ってくれていた。 葉璃と彼らは互いの第一印象があまり良くなかったためか、知れば知るほど親しくなっていき、今ではすっかり猫可愛がりされている。 九名全員から頭を撫でられて髪がくしゃくしゃになった葉璃は、ここへ戻ってくるとまたも涙腺が崩壊した。 そんな葉璃をひっしと抱き締めているのは、何故か恭也である。 聖南が葉璃を抱こうと近付いてきていたのだが、葉璃はさり気なく恭也にくっ付き、そのまま動こうとしなかった。 「おーい、俺ここにいんだけどー!?」 恭也の異常な友情を知ってしまった聖南は、目の前の光景に納得がいかず葉璃の腕を取るも振りほどかれてしまう。 その上葉璃は、くっ付いた状態のまま恭也の体を押してわざわざ聖南から遠ざかろうとしていた。 「…なぁ、アキラ。 セナ、避けられてない?」 「見た見た。 セナがハルに何かしたんじゃねぇの」 シャワーへ向かおうとしていたアキラとケイタは、雲行きの怪しい現場に多大に興味をそそられて、しばらく傍観する事にした。 「ちょっ、葉璃! 今スタッフも居ねぇから俺とぎゅーって出来んぞ? 恭也もいいけど俺ここに居るんだから俺にしとけよ!」 「………………………」 「はーるー! なんか怒ってんの? それか泣いてんの? ここは俺とハグするとこだろ? 俺の両腕ずっとスタンバってんだけど?」 恭也に抱かれたままの葉璃の背中に、聖南が必死でこちらを向かそうと声を掛けているが、どう言っても振り返ってくれない。 頑として振り向かない葉璃は、実は赤面していた。 こんなにも素敵なサプライズが待っていたとは思いもせず、デビュー曲披露の感動と聖南達の深い愛情に気持ちが付いていかなかったのだ。 照れくさくてかなわない。 今、聖南の顔などとても見られない。 アキラとケイタの顔も、見られない。 唯一、同じくサプライズに驚いていた恭也だけが今の葉璃の心の内を分かってくれる…その思いから、葉璃は恭也にくっついて離れなかった。 葉璃の背後で両腕を広げて固まる聖南は、ついさっきまで三万人以上のファンを湧かせていたトップアイドル様なはずで、ライブ終わりに恋人にそっぽを向かれて情けなく眉尻を下げているなど、きっと誰も予想だにしないだろう。 「……………はるー……」 「葉璃、どうしたの? セナさん、泣きそうな顔、してるよ? 何か言ってあげないと…」 恐らく聖南は、控え室に戻ってくるなり感動に震えた葉璃が飛び付いてくると思っていたに違いない。 二人が頭を下げて感謝を伝えてきた瞬間から、聖南の両腕は葉璃を待ち構えていた。 にも関わらずまったく真逆の展開に、恭也の正面に佇む聖南が葉璃の衣装を指でツンツンした。 「なぁなぁ、いい加減こっち向けってー。 聖南さん泣いちゃうぞー。 ライブ後の聖南さんが情緒不安定なの葉璃が一番よく知ってんだろー。 なぁなぁ、葉璃ちゃーん」 いよいよ泣き落としに入った聖南の声色に、葉璃がチラッとだけ後ろを振り返る。 毎度の事ながら、いつもは王様のようにふてぶてしい聖南が葉璃に振り回されている様を見ると、アキラとケイタは揃って吹き出しそうだった。 デカイ図体で小さな葉璃の背中をツンツンしているところなど、ここに居る者達にしか絶対に見せられない。 そこへ、ノックの音と共に騒々しく林が走り込んできた。 「あ! ハルくん、恭也くん、お疲れさま! ハルくん、親御さんみえてるから、着替えたらすぐに関係者入口まで来てね! 親御さんには僕から事情は説明したから、病院に連れて行ってもらって」 「あ…………はい。 分かりました」 「恭也くんも僕が送るから、一緒に出て来てね」 「はい、分かりました」 林は言うだけ言って出て行った扉を、控え室に居た全員が見詰めた。 「じゃ俺らはシャワー行ってこよ。 セナも行くぞ」 「恭也、ハル君、ほんとにお疲れさま。 次もよろしくね!」 「あ、ハル。 手当てはきっちりしてもらえよ」 「………はい、ありがとうございます…」 「ちょちょちょちょ、待てよ! 俺今日も葉璃と居るつもりだったんだけど!? 病院も俺が連れてこうと…」 「無理だろ、ハルの親が来てくれてんなら」 「そうだよ。 今日はハル君、大変だったんだから…。 次のツアー同行は週末の広島だったよね、それまで自宅でゆっくりしないと」 ライブ終わりから葉璃と目も合っていない聖南は、無情にもアキラとケイタに両腕を取られてしまう。 二人は、「そんな…」と零す聖南を無理やり後退させて、隙あらば葉璃の元へ歩もうとするのを躍起になって止めた。 「ハル、恭也、じゃあまた週末な。 セナは俺らが引き取るから着替え始めていいよ」 「いやいやいや、無理だって! 俺まだ葉璃とハグしてねぇ! …ちょっ、アキラもケイタも邪魔!! っ葉璃ーーっ!!」 「セナうるせぇ! 廊下出て叫んだら口塞ぐからな!」 「叫ばずにいられるかよ! こっから週末まで会えねぇなんて耐えられ………むぐっ!」 扉を開けて廊下に出ても尚、聖南は騒いだ。 おかげでアキラの手のひらが聖南の口元に強く押し当てられ、ケイタは暴れようとする長身の獣をズルズルと引き摺った。 「あーもう、ほんとうちのボスは手が掛かる! ハル君、恭也、じゃお疲れ!」 閉まる間際の扉から笑顔を覗かせたケイタへ、葉璃と恭也は「お疲れさまでした…」と声を揃えた。 静まり返った控え室内で既視感を覚えた二人は、至近距離でクスクス笑い合う。 「……葉璃、照れてたね。 ありがとうの気持ち、いっぱいだった?」 「うん……三人の顔、見られなかった。 ごめんね、いきなりくっついて…。 恭也なら分かってくれるかなって…」 「ううん、嬉しかったよ。 この後病院って…もしかして、怪我したの?」 衣装から私服に着替えようとしていた葉璃を、恭也が心配そうに見た。 事件の詳細を知らなかった恭也へ、葉璃が着替えながら分かる範囲で説明していくと……恭也の顔が、一見怒っているのかと錯覚するほど無表情になる。

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