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63・⑩必然ラヴァーズ《終》

 人様の家に泊まった経験のない聖南は、舌を絡ませている最中に葉璃の勉強机が目に入り、ここは自室ではないとハッとして我に返った。 「葉璃、煽んなっつったろ。我慢したいんだって。静かにヤるなんて出来ねぇから、俺」 「キスくらい、いいじゃないですか……」  唐突に終わったキスが名残惜しいのか、ぷぅと膨れた頬を撫でてやると、聖南の手の甲に葉璃の手が添えられた。  小さな手のひらとぶつけてくる瞳がまたも誘惑してきて困るので、葉璃に覆い被さっていた聖南は苦笑してゴロンと横になる。  葉璃サイズのシングルベッドは聖南には小さく、足がはみ出た。 「去年ここでキスした時は、そんな小悪魔じゃなかったぞ? それがこんな可愛く誘うようになるなんてな」  葉璃の体を抱き寄せて腕枕してやると、胸元に頭を擦り付けて甘えてきて、思わず「我慢させろよ」と笑ってしまった。 「聖南さんのせいです。……ぜんぶ」 「ふっ。気分いい。キラッキラな葉璃も、小悪魔な葉璃も、ぐるぐるする葉璃も、一生俺のもんなんだって思うと最高の気分」 「聖南さん……」  ドライヤーを必要としなかった葉璃の髪を撫でてやりながら、聖南は瞳を瞑った。  聖南の前に必然的に現れた葉璃との出会いから、わずか一年の様々な出来事が脳裏によぎる。  ハルカとして出会い、惹かれ、葉璃にもう一度恋をして……そこからは無我夢中だった。  こんなに必死になる恋は二度とないと、ラブソングばかりを生み出そうとしていたあの頃の自分が懐かしい。  葉璃と過ごしたこの一年で、聖南は生まれ落ちた宿命と喜びを感じる事が出来た。  愛する者を愛でる事、支えてやる事。  聖南に至っては、葉璃に支えてもらう事に重点がいくけれど、そうなると手放せなくなるのもそれもまた必然であった。 「葉璃。俺は葉璃に出会えて幸せだよ」  寂しく、侘びしかった過去さえも必要な出来事だったと記憶を塗り替えてくれた葉璃を、心から愛おしく思う。  葉璃と出会わなければ父親と和解も出来なかっただろうし、過去を省みる事も無かったはずだ。  今日の日を忘れたくないから、聖南とお揃いだから、と体に刻まれた傷痕をあっさり認めた葉璃の内面の強さにまた惚れ直した。  聖南を守った事も然りだ。  葉璃を慈しみ、愛した分だけ、聖南を愛し返してくれる。  腕の中にいる葉璃が、これからどれだけ大きな光になろうとも手放してはやれない。  聖南はもう、葉璃無しでは生きられないのだから。 「俺も聖南さんと出会えて幸せです。生まれてきてくれてありがとう、聖南さん……俺を見付けてくれて、ありがとう……」  聖南の誕生日の日に言った台詞を、葉璃は自身の心中に刻む。  暑いからと半裸になってしまった聖南に抱き付いて、「セナファンの人達ごめん…」と謝りながらその体とにおいを堪能する。  大きな体はすっぽりと葉璃を包み込んでいて、腕枕してあげると言ったはずが逆に甘えさせてもらっていた。 「……なぁ、今すぐ引っ越して来れねぇの?」 「え? 無理ですよ、まだ高校行かなきゃだから。ずっと前に、聖南さんが言ってくれたじゃないですか。学業は疎かにしたくないです」 「俺ん家から通えばいいじゃん。ここから通うのとそんな変わんないだろ?」 「……聖南さん、駄々っ子始まってますよ」  一見ヤンチャそうな、だがとても整った顔を子どものように歪めて葉璃を見てくるそれは、甘えん坊の聖南だった。 「俺が無理なんだよ。葉璃と離れていたくない。妥協すんならツアー後だ。ツアー終わったら一緒に暮らそ? なっ?」 「プロポーズしてくれた時は、四月から同棲って言ってました」 「いやいや葉璃ちゃん、プロポーズの返事も前倒しにしてくれたんだから、今回も……」 「ふふっ……。ダメです。我慢です」 「このやろーっ。あ、てかネックレスは?」  頬をぷにっと摘まれて痛がっていると、ふと聖南に首を触られた葉璃が声を上げる。  いつ言おうかと思っていたが、ライブ前後は色々な思いに惑わされてすっかり忘れていた。 「あ……そうだ、チェーンが切れちゃってて……」 「そうなんだ。チェーン直るまで付けなくていいから、トップだけ持っといてよ」 「分かりました。でもなんでトップだけ?」 「葉璃が心配だから」 「???」 「反応が怖えからもう少し後で説明するわ。同棲前倒しにしてくんないみてぇだし」 「えぇーっ? 何だろう、なんか胸騒ぎが……」 「気のせい気のせい」  聖南の含み笑いに何かを察したものの、それが何かは葉璃には知る由もない。  しばらく後になってその真実を知る事になるのだが、たとえ知っても葉璃が聖南を訝る事はないだろう。  葉璃がしてあげると言っていた寝かし付けの動作をされて、ゆっくりと瞳を閉じた葉璃の口元は穏やかに笑っていた。  思いもよらない出会いから、殻に閉じこもっていた葉璃の突然の恋は始まった。  まさかトップアイドル様に求愛されるとは思ってもみなかったけれど、それが必然ならば葉璃は喜んで受け入れる。  周囲の温かさを知り、恋人に愛でられる心地良さを知り、愛する事を知った葉璃の心はどこまでも安穏であった。  これからの未来は、希望に満ちている。  そんな風に思わせてくれる聖南が抱き締めてくれるのならば、葉璃は聖南にどこまでもついてゆく。  愛してゆく。  ── まだ、愛という言葉は聖南に言えてはいないけれど。  翌朝。  聖南と葉璃が階下へ降りると、なぜ半裸姿の聖南が居るのかという戸惑いに母親が盛大に狼狽えた。 「ま、まぁ!! セナさん! そんな破廉恥な格好して!」 「葉璃ママ、おはようございます。ちょっと暑かったんで脱いじゃいました」 「セナさん、おはようございます! 葉璃、おはよ〜!」 「おー春香、おはよ。昨日はありがとな」 「セ、セ、セナさん、コーヒーいかがっ?」 「頂きます。あ、それと、昨日の葉璃の怪我の件で事務所の人間が今日連絡を……」  聖南が用件を言いかけた時、流れていた朝の情報番組から「CROWN」の話題が出たのに気付き、その場に居た全員がテレビに注目した。 『CROWNとETOILE、最高のパフォーマンスでしたね!』 『セナさん、体調は大丈夫なんでしょうか?』 『再開してからは元気そのものでしたから大丈夫なのでは? ライブ終わりは恋人に看病してもらえるでしょうし』 『セナさんは恋人の存在隠していませんもんね。いいなぁ、セナさんのご寵愛を受けてみたーい』 『この番組も、もしかしたら今恋人と見てくれているかもしれませんね、セナさん』  リビングが静まり返り、沸騰を知らせたケトルだけが騒がしい。  どうか聖南が妙な事を口走りませんようにと、葉璃は聖南の横顔をチラと伺う。 「…………」 「ふっ。まさに今な」 「え?」  葉璃の不安通り、ニヤリと笑った聖南が余計な事を口走った。  すでに二人の仲を知っている春香はともかく、目敏い母親は案の定驚愕している。 「あ、あなた達……」 「葉璃ママ、じゃなくて、お義母さんって呼ぼうかな」 「── 聖南さん!!」  余計な二言目に、これはまた一波乱起きるのではと葉璃は頭を抱えた。  フッと不敵に笑んだ聖南と我が子である葉璃を、母親は瞳を丸くして交互に見やり、何とも拍子抜けな台詞を呟く。 「……息子が増えたってお友達に自慢してもいい?」 「……っっ!? ダメ!!!」  コーヒーの良い香りが立ち込める早朝のリビングに葉璃の絶叫がこだまし、その隣で聖南は腹を抱えて笑った。  今日もまた、葉璃を愛でる素晴らしい一日が、始まる。 必然ラヴァーズ ──完──

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