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63・⑨必然ラヴァーズ

 やんわりと抱き寄せた葉璃を堪能していると、腕の中で小さく「聖南さん」と呼ばれた。 「ん?」 「俺も聖南さん抱きしめたい」  何かと思えばそんな嬉しい事を言ってくれながら見上げてきたので、聖南は満面の笑顔で両腕を広げてみた。  すると、待ってましたとばかりに正面から葉璃が飛び付いてくる。 「ふっ……。かわい。約二時間ぶりの俺はどうよ」 「……意地悪言わないでください。……いっぱい言いたい事あって、感情追い付かなかったんです」 「だろうな。聖南さん寂しかったんだぞ」 「それやめてくださいってば。笑ってしまう……っ」  あの時は聖南も興奮していて葉璃の思うところを気付いてやれなかったが、こうして会いに来た事で葉璃も本音を吐露してくれた。  胸がいっぱいになり、ステージの上にいる時から涙を流していた葉璃の情感は、きっと言葉では言い表せなかったに違いない。  葉璃の性格を知るアキラとケイタは、興奮状態だった聖南よりも早くその事に気付いていた。 「葉璃の気持ちは充分伝わってっから。アキラもケイタも、葉璃がなんでああなってたのか分かってたし。ラストまで打ち上げ居なくていいから葉璃のとこ行ってやれって、あの二人が言ってくれたんだ」 「そうなんですか……」 「あぁ。今夜は絶対、葉璃と居てやれって」 「……やっぱり優しいですね、アキラさんもケイタさんも……」  二人の温かい気持ちに感動した様子の葉璃が、聖南にきゅっ…と抱き付いてきて溜め息を漏らしている。  やっぱり、という言葉に引っ掛かりはしたけれど。 「あ、そうそう。さっきアキラが妙な事言ってたんだよな。免許と車は卒業後がいいか、とか何とか……。なんの事?」 「えっ? なんの事だろ……知らない」 「俺の知らねぇとこで葉璃とアキラがそんな会話してんのかと思って、妬いちまったじゃん」 「またすぐヤキモチ焼いて……」 「しょうがねぇだろ、俺はガキなんだから」 「ふふっ……。そうでしたね。あ、聖南さんこのまま寝るの? 俺の服は合わないですよね」 「パンツ一丁で寝るから大丈夫」 「えぇっ、ちょっ、それは……」 「何? 何か不都合でもあるのかな? 葉璃クン?」 「ないです、ないですよっ」 「安心しろ。葉璃貰いに来るまではこの家で粗相は出来ねぇ。ヤっちまうと声も音もダダ漏れすんだろ。しかも朝まで」 「そ、そうですね……。音も声も、……たぶん我慢出来ないし……」  照れながら上目遣いをしてきた葉璃の瞳が、聖南を誘うようにうるうると濡れているように見えた。  見詰められたらイチコロなその視線から逃れたい聖南は、葉璃の頭を自身の胸にギュッと押し付ける。 「コラ、そんな顔して誘うなよ! 樹の言ったこと真に受けるみたいで癪だけど、俺が盛っても今日は葉璃が拒んでくれねぇと困んだからな」 「えぇ……そんなぁ……」  拒む勇気はない、とでも言いたげなハの字眉に、聖南も決意が揺らいでしまう。  葉璃を解放し、服を脱いでいると妙な気持ちにもなるため、パンツ一丁は諦めてスラックスは履いたままにしておいた。  半裸になり、ベッドに腰掛けて葉璃の手を引くと、大人しく聖南の足の間にやって来る。 「葉璃、……見せて」 「…………うん」  聖南は言いながら、すでに葉璃のシャツを捲っていた。  心配していた傷口を目の当たりにした聖南は、息を呑む。  この痛みを受けている間、葉璃はどんな思いを抱いていたのだろう。  知らない男から突然受けた恐怖に葉璃が脅えていたのではと思うと、至らない自分が情けなくて、変えられない過去にどうしようもなく腹が立つ。  スタンガンを押し当て続けたアイツにもだが、聖南は自分自身にも相当ムカついた。  傷痕をじっくり見た後、やりきれずに大きな溜め息を吐く。 「……はぁ、……痛かったろ。これ痕残んじゃね? 医者はなんて言ってた?」 「残るかもって。でも現時点では分かんないそうです」 「そうか……」 「俺は……痕残ってほしいですけど」 「は?」  患部を見ながら、葉璃がボソッと思いがけない事を言うので聖南の目は点だ。  一日も早く消えてほしいと思うのが常だろう、そう思っていた聖南の右脇腹の傷痕にそっと触れてきた葉璃が、さらに驚くべき事を言い始めた。 「……聖南さんとお揃いになるから……」 「…………」 「聖南さん、この傷痕の事を戒めだって言ってたでしょ。聖南さんにとっての罰だって」 「……あぁ」 「俺はこの傷痕を見る度に、初舞台の日の出来事を嫌でも思い出します。何が何でもステージに立ちたいって思った今日の事は忘れたくないから、痕は残ってほしいんです。聖南さんと同じ右側にあるし、これからの俺にとっての戒め?になります。……だから、色んな意味で、聖南さんとお揃い……」 「……葉璃……」 「エッチする度にこれ……触ってみたかった。でも聖南さん嫌がるかなと思って今まで見ないフリしてたけど」  ──そんな風に、自身の傷をも慮る事が出来るようになったのか。  聖南は驚きを持って葉璃を見詰めると、ふっと優しく微笑んでくれた。  まさに美しく舞う蝶となった葉璃の思いを聞く事によって、聖南の心に留まり続けている後悔の念すらも薄れる。  そうやって、聖南の贖罪の気持ちを落ち着かせてくれようとしているのかもと錯覚するほど、葉璃の言葉と表情は凛としていた。  本当に、葉璃には頭が上がらない。まさしく彼は、聖南にとっての生きる支えである。  聖南の右脇腹を撫でていた葉璃が、そのままの勢いで聖南の足の上に乗って抱き付いてきた。 「……おい、煽るな、葉璃」 「煽ってないですよっ。聖南さんが言ったんでしょ? エッチするだけが愛情を伝える手段じゃない……って」 「あん時は俺の禁欲込みだったからで……」 「ふふっ……。言い訳はダメですよ。今日はしないって言ったんだから、我慢して下さい」 「葉璃ちゃーん……」 「腕枕と、背中トントンしてあげます」  今度は聖南が「そんなぁ…」と言う番だった。  夜も遅い上に葉璃の家族が就寝中なので、聖南はかなり抑えめに小声で絶叫した。 「クソーーっ。煽ったのに我慢させるって小悪魔過ぎんだろー!」 「あはは……っ。煽ってないって言ってるのに。明日はしましょうね、聖南さんのお家で」 「明日は移動が……、いや、一日遅らせよう。そうしよう」 「あ、また権力使おうとしてる」 「明日まで葉璃とイチャイチャすんの決定した。誰がなんと言おうとオフだ!」  ダメですよ、と言われたくなかった聖南は、葉璃を抱え上げて壁際の方へ寝かせ、性急に唇を奪う事で否定の台詞を取り上げる。  触れるだけの可愛いキスにするつもりだったが、小悪魔な葉璃に唇を舐められて誘われ、我慢出来ずにそれは次第に濃厚なものへと変わっていった。

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