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63・⑧必然ラヴァーズ
正気を失い、据わった目で平然と相手の喉元を押さえ付けていた事を思い出した佐々木に、呆れた、と言わんばかりの物言いで鼻で笑われた。
それを聞くと先刻の怒りも蘇ってきて、聖南はくっと眉を顰める。
「ぶっ飛んでたんだから仕方ねぇだろ。葉璃に痛い事した、傷付けた、じゃあ死ねよってなる」
「なりません。それを知って葉璃が喜ぶと思いますか? あの時、必死でセナさんを庇った葉璃が正解です。健気でいじらしくて……羨ましかった。あんなにも想ってもらえているセナさんの事が」
感慨深げにしみじみと言われてしまい、そんな事は分かっていると反発しようとしたがやめた。
あの状況下で、ただ一人の被害者であるはずの葉璃が、事態を僅かに理解しただけですぐさま聖南を守りに入った。
自分は何もされていないから何も無かった事になるだろ、……そう言い張り、逆に手を出した聖南の方を叱る勢いでプンプンしていた。
この事が明るみに出れば、またしても聖南の周囲が騒がしくなる。そして当然色々と炙り出された結果、立場が悪くなる。
スキャンダルとは種類の違う、事件性を含んだ報道に尾ひれを付けて拡散されると、今度こそ芸能界に居られなくなっていたかもしれない。
葉璃が下したあの判断は聖南を守る事一択の男気であり、実際にそうなっている。
「……だよな。俺、愛されてるよな」
「えぇ、腹が立ちます」
「立つなよ! ……あ、忘れてた。アイツ等どうなったんだ」
「到着してから葉璃も交えて話しましょう。時間は数分で結構です」
ふーん?と聖南が返事して間もなく、葉璃の自宅に到着すると伝えるために電話を掛けた。
冷たかった愛しの葉璃がいつも通りに話をしてくれた事に安堵し、佐々木と言い合っていたせいで早々に通話を切られてしまったが、それからほんの一分ほどで葉璃宅へと到着した。
暑い中、本当に外で待っていた葉璃を抱き締めたくて急いで助手席から降りようすると、佐々木にグイっと首根っこを掴まれて止められてしまう。
「外で接触するのはいけません。……葉璃、お疲れ様。話がしたいから少しだけ乗ってくれる?」
「……?? 佐々木さん、聖南さん、お疲れ様です。うわぁ、ほんとに二人で来ましたね」
窓を開けた佐々木に言われ、葉璃は笑いながら後部座席に乗り込んできた。
その瞬間、シャンプーの良い匂いがして聖南は勢い良く振り返り、部屋着の葉璃を凝視する。
ステージ上でのキラキラした葉璃もいいが、ナチュラルなこの姿も聖南は大好きで、佐々木が引くほどジロジロと見てしまう。
「セナさん、その猛獣みたいな目付きやめて頂けますか。それは葉璃以外にはドン引きもんです」
「なんでドン引きなんだよ! 葉璃、風呂上がりまたドライヤーサボったろ。髪乾いてねぇぞ」
「……めんどくさいんだもん」
「あとで俺が乾かしてやる。樹、さっさと話して。葉璃とイチャつきたいから」
またそんなストレートに言ってる……と葉璃の苦笑などお構いナシに、聖南は腕を組んで佐々木を見た。
葉璃を前にすると、CROWNという大きな看板が一瞬で消え去る聖南に佐々木もやれやれである。
「はいはい……。……アイツ等なんですが、ひとまず私の舎弟が引き取りました。葉璃が何もされていないと証言した手前、被害届を出さない限り警察は動けませんからね。三日後を楽しみに待っていて下さい」
「三日後? なんで三日後なんですか?」
「おー怖っ。何すんだよ、三日で」
「それは何とも。アイツらだけではなく、葉璃とセナさんの周囲を嗅ぎ回ろうとする不届き者は、しばらく現れないと思って結構です。記者は別ですが」
「了解。葉璃の近辺が安全なら俺は何も言う事ねぇよ」
「え? え? ねぇ、なんで三日後なんですか……っ? なんで安全って分かるんですかっ?」
「葉璃ちゃん、後でやんわり教えてやるから、樹の肩触るのやめような」
話の半分ほどしか理解できてないらしい葉璃が、後部座席から身を乗り出して佐々木の肩に触れている。
目の前でそれを見た聖南は笑顔で葉璃の腕を取り、その手の甲に口付けた。
笑顔を見せたつもりでも瞳の奥はまったく笑えていなかったようで、聖南のヤキモチに気付いた葉璃がハッとする。
「え、あ……はい、すみません。……あの……佐々木さん、目が疲れてます。大丈夫ですか? これから聖南さん送るんでしょ?」
「いえ、セナさんはここに置いて帰ります」
「えぇっ!?」
「そういう事。葉璃、今晩泊めて♡」
「えぇぇっ?」
「じゃ、疲れてるので私は帰って一人寂しく寝ますから、お二人とも早く降りて下さい」
送れと言った時から、佐々木には聖南の魂胆がバレていたらしい。
聖南と葉璃に向かって、手のひらでシッシッと追い返す動作をした佐々木に「送ってくれてありがとな」と礼を言うと、フッとニヤつかれた。
車を降りて葉璃の隣にやって来ると、運転席の窓を開けた佐々木が葉璃に優しい瞳を向けている。
「葉璃、今日起こった嫌な事は全部忘れなさい。いいね? ステージの上で感じた事だけ覚えておくように」
「……はい。佐々木さん、何から何までありがとうございました」
「葉璃が責任を感じる事はないんだから。すべてセナさんのせいにしたらいいんだよ。分かったら今日くらいはゆっくり寝てな。セナさんが盛っても拒みなさい」
「ふふっ……。はい、分かりました」
「さすがに俺にもそれくらいのモラルはある」
「どうだか」
佐々木は聖南に向かってもう一度ニヤついた後、手を振る葉璃に満面の笑みを向けて走り去って行った。
夜中だというのに不快なほど蒸し暑い。それでも、見下ろした葉璃の横顔はどこか涼しげで大人びていた。
「……葉璃」
出会った頃の面影がほとんど無くなっている葉璃が、聖南に呼ばれて「ん?」と小首を傾げて見上げてくる。
暗闇で見る葉璃のふとした表情に気を取られ、聖南はジッと見詰めてくる瞳に吸い寄せられてしまった。
深夜の住宅街は静かで、日中はうるさいくらいに鳴いている蝉もやや大人しい。
「中、入りましょうか」
「あ、あぁ……」
外で接触するのはダメだと佐々木に言われたばかりなのに、口付けようと迫っていくと何気なく葉璃にかわされた。
往来でキスしてしまいそうになった聖南の意識は、葉璃に手を握られた事で何とか持ち直す。
いけない、葉璃を見ると欲求が絶え間ない。
葉璃は玄関を抜け、階段を上がり、自室へと入るまで聖南の手を握っていてくれた。
「聖南さん、お風呂は? 入りますか?」
「さっきシャワー浴びたからいい。入るなら朝がいい」
「分かりました。じゃあもう寝ちゃいましょ。聖南さんも、疲れた目してます」
そう言って、葉璃が聖南に背中を向けた。
「待って、ぎゅーさせて」
ここなら誰にも文句を言われない。
葉璃がこれまで生活してきた何の変哲もない六畳の部屋を愛しく思いながら、聖南は小さな体を背後からしっかりと抱き寄せた。
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