488 / 584

Ⅲ ーー七月二十九日ーー

〜聖南の手作り朝食〜③ なんやかんやと話をしながら調理をしていたが、気付けばおかずを五品も作ってしまい、聖南は葉璃と一緒に弁当箱を探す。 「これだ」と葉璃が見付けた女性用の小さなお弁当箱を手に、聖南は突然、葉璃ママへ手銃を向けた。 「味は保証しねぇけど、愛情はたっぷり入れとくんで」 「…………キャッ♡」 ライブを観に来たファンも、そして葉璃さえも虜にするあの手銃が葉璃ママにだけ向けると、真っ赤になってさらにまた四歩後退した。 葉璃ママは当初居た場所から随分遠ざかってしまった。 「聖南さん…たらしだ…」 「お母さん、ここにお父さん居たらヤキモチ焼かれるよ…」 照れまくっている我が母親を複雑な心境で見詰める姉弟は、ここに父が居なくて良かったと心底思った。 「あんな素敵な事されて平気な人間、この世にいないわよ〜!! いいわね、葉璃! いつでもあのバキュンが見られるじゃな〜い!」 「葉璃ママにならいつでも、いくらでも」 「キャッ♡ キャッ♡」 「乱れ撃ちだ…!」 「セナさん、お母さんが壊れちゃうからそれくらいにして下さい」 大事な葉璃の母親でなければここまで大サービスはしない。 両手を使って手銃を向けた聖南は、とうとうソファに腰掛けてしまった葉璃ママを見て笑った。 葉璃と春香の呟きも可笑しくて、笑顔が絶えない。 一般家庭の日常に聖南は馴染めるのかと不安だったのは、起き抜けでコーヒーを一口飲むまでだった。 「葉璃、春香、運んでくれるか」 「はーい」 「はーい」 「双子のシンクロやべぇ」 何気ない事が何でも楽しい。 作り過ぎたおかず類は個々に分けず各大皿盛りにした。 メニューは、朝なのであっさりめにした麻婆茄子、鮭のムニエル、もやしときのこの炒めもの、鶏むね肉のバジルソース焼き、最後は葉璃の大好物の小葱入りの出汁巻き卵、そしてごはんと味噌汁だ。 葉璃が居るからと思って大量に作ってしまったが、朝は食欲にムラがある事を忘れていた。 葉璃ママの弁当に詰めて、残ったらラップでもして冷蔵庫に仕舞おうと思う。 「美味しい〜〜〜!!!」 「美味しい〜〜〜!!!」 四人でテーブルを囲み、いただきます、の後すぐさま発せられた姉弟の嬉しい悲鳴が、聖南の笑みを濃くした。 「ほんとに、セナさんが作ったのよねっ? すごいわ、あんなに短時間でこれだけ作れるなんて…! お母さんには真似出来ないっ」 「朝からごはんが進む〜!」 「聖南さん、美味しいでふ!」 「葉璃、飲み込んでから喋ろよ。 でふ、になってるぞ」 「……っ感動を伝えたくて!」 「そっかそっか、その顔見ただけで俺は幸せでお腹いっぱい………と、失礼しました」 料理に舌鼓をうつ葉璃が、聖南の大好きなもぐもぐ姿で、しかも満面の笑みを向けてきたのだ。 それはもうあまりに可愛くて、当然のように肩を抱いて頭を撫で、葉璃の頬に鼻先を擦り付けてしまうだろう。 あ。と思った時にはもう遅く、葉璃ママと春香にその一部始終を目撃されていたらしい。 「やだっ。 あなた達いつもそんなやり取りしてるの?」 「お母さん、二人はいっつもこうなんだよ。 そうじゃなかったらこんなに自然に出来ないよ」 「まぁ〜〜♡」 「ちょっ、母さんも春香もやめてよ!」 「葉璃ママ居る前だから抑えなきゃな〜と思ってたのにな。 やっぱ出ちまうな」 「聖南さんっ」 ニッと八重歯を見せた聖南は、自分の料理に満足しながら食べ進めていく。 イチャイチャを見られてしまった葉璃はというと、食べるスピードこそ遅くなったものの、家族の誰よりも大きなご飯茶碗二杯分をペロリと平らげた。 「葉璃が笑顔で居てくれて、幸せなら、お母さん二人を応援するからね。 でも葉璃、セナさんが相手だと大変だわね〜、ふふふ♡」 「葉璃ママ、マジで理解早え。 あざっす♡」 「キャッ♡」 聖南は葉璃と一緒に皿洗いをしながら、泡だらけの手で葉璃ママに三度目の手銃を向けた。 何度向けても新鮮な反応が返ってきて面白い。 「悪いわね、天下のセナさんにお皿洗いまで…」 「片付けまでが料理なんで気にしないで下さい。 あと俺の株も上げときたいし?」 「もう充分過ぎるくらい上がってるわよ〜! セナさんお仕事忙しいでしょうに、あんなに料理上手だとは思わなかったわ。 同棲までに葉璃にも基本的な事は教えておくから安心してね」 「楽しみにしてます。 葉璃、包丁は利き手で持つんだからな?」 「むー!! 分かってます!!!」 隣で皿を拭いていた葉璃にそう言うと、頬を膨らませて睨み付けてきた。 可愛い。 どんどん小さな意地悪を言いたくなってしまう。 葉璃ママと春香の前でさらなるイチャイチャを仕掛けると、さすがに葉璃からキレられそうなので聖南は皿洗いに集中した。 絶対に残ると思っていたおかず達は綺麗に無くなってしまい、ごはんも味噌汁もすべてが空になり、振る舞った聖南も大満足だった。 実に最高の朝の食卓であった。

ともだちにシェアしよう!