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Ⅲ ーー七月二十九日ーー
〜聖南の手作り朝食〜③
なんやかんやと話をしながら調理をしていたが、気付けばおかずを五品も作ってしまい、聖南は葉璃と一緒に弁当箱を探す。
「これだ」と葉璃が見付けた女性用の小さなお弁当箱を手に、聖南は突然、葉璃ママへ手銃を向けた。
「味は保証しねぇけど、愛情はたっぷり入れとくんで」
「…………キャッ♡」
ライブを観に来たファンも、そして葉璃さえも虜にするあの手銃が葉璃ママにだけ向けると、真っ赤になってさらにまた四歩後退した。
葉璃ママは当初居た場所から随分遠ざかってしまった。
「聖南さん…たらしだ…」
「お母さん、ここにお父さん居たらヤキモチ焼かれるよ…」
照れまくっている我が母親を複雑な心境で見詰める姉弟は、ここに父が居なくて良かったと心底思った。
「あんな素敵な事されて平気な人間、この世にいないわよ〜!! いいわね、葉璃! いつでもあのバキュンが見られるじゃな〜い!」
「葉璃ママにならいつでも、いくらでも」
「キャッ♡ キャッ♡」
「乱れ撃ちだ…!」
「セナさん、お母さんが壊れちゃうからそれくらいにして下さい」
大事な葉璃の母親でなければここまで大サービスはしない。
両手を使って手銃を向けた聖南は、とうとうソファに腰掛けてしまった葉璃ママを見て笑った。
葉璃と春香の呟きも可笑しくて、笑顔が絶えない。
一般家庭の日常に聖南は馴染めるのかと不安だったのは、起き抜けでコーヒーを一口飲むまでだった。
「葉璃、春香、運んでくれるか」
「はーい」
「はーい」
「双子のシンクロやべぇ」
何気ない事が何でも楽しい。
作り過ぎたおかず類は個々に分けず各大皿盛りにした。
メニューは、朝なのであっさりめにした麻婆茄子、鮭のムニエル、もやしときのこの炒めもの、鶏むね肉のバジルソース焼き、最後は葉璃の大好物の小葱入りの出汁巻き卵、そしてごはんと味噌汁だ。
葉璃が居るからと思って大量に作ってしまったが、朝は食欲にムラがある事を忘れていた。
葉璃ママの弁当に詰めて、残ったらラップでもして冷蔵庫に仕舞おうと思う。
「美味しい〜〜〜!!!」
「美味しい〜〜〜!!!」
四人でテーブルを囲み、いただきます、の後すぐさま発せられた姉弟の嬉しい悲鳴が、聖南の笑みを濃くした。
「ほんとに、セナさんが作ったのよねっ? すごいわ、あんなに短時間でこれだけ作れるなんて…! お母さんには真似出来ないっ」
「朝からごはんが進む〜!」
「聖南さん、美味しいでふ!」
「葉璃、飲み込んでから喋ろよ。 でふ、になってるぞ」
「……っ感動を伝えたくて!」
「そっかそっか、その顔見ただけで俺は幸せでお腹いっぱい………と、失礼しました」
料理に舌鼓をうつ葉璃が、聖南の大好きなもぐもぐ姿で、しかも満面の笑みを向けてきたのだ。
それはもうあまりに可愛くて、当然のように肩を抱いて頭を撫で、葉璃の頬に鼻先を擦り付けてしまうだろう。
あ。と思った時にはもう遅く、葉璃ママと春香にその一部始終を目撃されていたらしい。
「やだっ。 あなた達いつもそんなやり取りしてるの?」
「お母さん、二人はいっつもこうなんだよ。 そうじゃなかったらこんなに自然に出来ないよ」
「まぁ〜〜♡」
「ちょっ、母さんも春香もやめてよ!」
「葉璃ママ居る前だから抑えなきゃな〜と思ってたのにな。 やっぱ出ちまうな」
「聖南さんっ」
ニッと八重歯を見せた聖南は、自分の料理に満足しながら食べ進めていく。
イチャイチャを見られてしまった葉璃はというと、食べるスピードこそ遅くなったものの、家族の誰よりも大きなご飯茶碗二杯分をペロリと平らげた。
「葉璃が笑顔で居てくれて、幸せなら、お母さん二人を応援するからね。 でも葉璃、セナさんが相手だと大変だわね〜、ふふふ♡」
「葉璃ママ、マジで理解早え。 あざっす♡」
「キャッ♡」
聖南は葉璃と一緒に皿洗いをしながら、泡だらけの手で葉璃ママに三度目の手銃を向けた。
何度向けても新鮮な反応が返ってきて面白い。
「悪いわね、天下のセナさんにお皿洗いまで…」
「片付けまでが料理なんで気にしないで下さい。 あと俺の株も上げときたいし?」
「もう充分過ぎるくらい上がってるわよ〜! セナさんお仕事忙しいでしょうに、あんなに料理上手だとは思わなかったわ。 同棲までに葉璃にも基本的な事は教えておくから安心してね」
「楽しみにしてます。 葉璃、包丁は利き手で持つんだからな?」
「むー!! 分かってます!!!」
隣で皿を拭いていた葉璃にそう言うと、頬を膨らませて睨み付けてきた。
可愛い。
どんどん小さな意地悪を言いたくなってしまう。
葉璃ママと春香の前でさらなるイチャイチャを仕掛けると、さすがに葉璃からキレられそうなので聖南は皿洗いに集中した。
絶対に残ると思っていたおかず達は綺麗に無くなってしまい、ごはんも味噌汁もすべてが空になり、振る舞った聖南も大満足だった。
実に最高の朝の食卓であった。
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