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Ⅳ ーー七月二十九日ーー

〜その晩〜④ 正真正銘の葉璃の拉致事件に関し、社長直々に葉璃ママへと連絡が入ったが、ちょうどその場に聖南も居た事で話は呆気ないほどスムーズであった。 葉璃が何もされていないと言い張った事、佐々木が舎弟を使って犯人達を戒めている事、葉璃ママが葉璃の意見を尊重すると容認してくれた事。 それらは社長を落ち着かせるには充分で、そして聖南自身も、葉璃の意思が固い以上はもう何も口出すべきではないと思っている。 ただ、大塚所属の、しかも会社を上げて熱を入れているデビュー直後の葉璃を拉致し怪我を負わせたとなると、社長も黙っていられなかったらしい。 葉璃ママに何度も詫びた後、聖南と電話を代わった際に「そいつらはこの世界で二度と再起できないようにする」と声高に言っていて、聖南も深く頷いて「よろしく」と返した。 「葉璃、怪我したとこ痛くねぇか?」 「全然。 って言いたいとこですがちょっとだけ。 でも治り早くするテープもあるから、何日かの辛抱です」 葉璃の聖南を想う愛と佐々木の機転によって、あの一件は一部の人間だけが知る所となった。 memoryが所属する相澤プロダクションと大塚芸能事務所は以前にも増して強固な連携体制が取れたようだし、聖南にとっても葉璃からの大きな愛を感じられたし、悪い事ばかりではない。 だからと言って許せはしないが、「聖南さんとお揃い」とどこか嬉しそうだった葉璃の脇腹の傷痕を思い出すと未だ腸が煮えくり返る。 「二度とあんな事が起こんねぇようにするから。 それは風呂上がりに貼るんだろ?」 「そうですね、寝る前がいいかな」 明日から葉璃も仕事始め、聖南も移動となるしで離れ離れになるので、聖南は葉璃を当然の如くお持ち帰りしてきた。 今晩は中華のお店に行き、葉璃に大量に食べさせてご満悦な聖南は、使い慣れたキッチンでアプリコットティーを淹れてやっている。 コーナーソファの角に腰掛け、ふわふわのクッションを抱いたいつもの葉璃を眺められて、聖南の気分は最高だった。 「はい、熱いから気を付けてな」 「わぁっ、アプリコットティーだ! ありがとうございます!」 「中華の後は紅茶がいいよなー」 「はいっ。 聖南さんも同じの飲んでる」 「ん?」 「聖南さんと紅茶ってなんか…似合ってるようで似合ってないですよね」 「おい、また俺イジりかっ?」 「違いますよ! 聖南さんはブラックコーヒーのイメージが強いからだと思うんです。 紅茶飲んでるの、俺に合わせてくれてるのかなぁって」 「いや、葉璃のために淹れてるけど、俺は紅茶も好きなんだよ。 似合わねぇって初めて言われた」 クスクス笑う葉璃に向かって、聖南は少しだけムッとした表情を見せる。 大好きな葉璃に言われて不機嫌になってしまった聖南は、子どものようにプイとそっぽを向いた。 葉璃ならどんな聖南でも分かってくれるとの信頼から、そんな態度を見せている。 「あ、もうっ、また拗ねてる! でも今のは俺が悪かったですね、似合わないって言葉間違えました! えーっと…イメージと違う?って言った方がいい?」 「………どっちにしても似合わないんだろ」 「似合います! 聖南さんに似合わないものなんてないです! …もーっ、すぐそうやってムッとするんだから…」 「葉璃が俺をイジんだもん」 「イジってないのに! イジるのは、チャラいって事だけ…」 「それ! それマジで嫌! 俺はチャラくねぇ!」 最高の気分が台無しである。 葉璃のためにチャラい髪型をやめているのに、いつまでそれを引っ張るのかと聖南は葉璃の腿の上に乗って言い返した。 「聖南さんっ、重いですよ!」 「葉璃が可愛くディスってくんだけどどうしてやろうか?」 「誰に言ってるんですか!」 「読者。…いや何でもねぇ。 葉璃。 ……そのテープ、結構枚数あんの?」 「え、読者?? テープなら、あんまり無かったと思いますけど…」 「じゃあ貼れるの朝方だと思っとけよ」 「…………っっっ!!」 もしかしてまた寝かせてもらえないのかと、葉璃が目をまん丸にして聖南を見詰めた。 昨夜お預けを食らった、葉璃を前にしての一日禁欲状態の聖南は恐らく…言うまでもなく朝までコースだ。 葉璃は傷を負っているのでいつもの休憩は多めに入れてやるが、それでも今夜は寝かせてなどやれない。 「明日の夕方までには解放してやるから、病院はそん時行こうな。 やっぱこの傷はちゃんと治そ」 「あっ…も、もうっ、紅茶まだ飲んでない…っ」 「な、葉璃? お揃いだーって言ってくれて嬉しかったけど、葉璃に傷は似合わねぇよ」 「んっ……聖南さ、んっ、…あっ…」 葉璃が持っていたティーカップを優しく奪ってテーブルに置くと、着ているシャツを捲って傷を見ないようにしながら、薄いピンク色した小さな膨らみを啄んだ。

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