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── 一月某日 ── Ⅰ カーテンコール

1❥  十二月中旬から一月中旬まで、一ヶ月間上演された聖南渾身のミュージカルは、本日無事に千秋楽を迎えた。  現在、カーテンコールの真っ最中である。  派手やかな衣装を身に纏った主要キャストの面々、およそ十五名ほどが壇上に残り、そこは芸歴の長さと口の達者な聖南が中心となってひとしきり観客を湧かせた。  終盤、舞台監督が自らMCを買って出て、公演前に集計した事前アンケートを読み上げている。 『上演中は愛人関係とはいえ、夫よりも恋人関係が強く表現されていましたが、実際のキャストお二人も燃え上がったりしましたか?』  ダイレクトな表現に聖南はフッと笑いを漏らし、マリー・アントワネットに扮する並木千鶴を見た。 「燃え上がったか、だってよ」 「そうですね…。 頷くとCROWNファンの方々に怒られちゃいそうだし、首を振ると監督から、なり切れてないって怒られちゃいそうだし…私八方塞がりですね」 「まさにな。 こんな意地悪な質問してやんなよー。 とりあえず俺は燃え上がった」 「え……っ?」  予期せぬ聖南の肯定に、千鶴はポッと頬を染め、客席からは大きな悲鳴が飛んだ。  ツアー明け直後から三ヶ月以上もの間、ほとんど毎日顔を合わせて舞台演技のイロハを一から教えてくれたのがこの千鶴だった。  子役と呼ばれているうちに演技の世界から退いた聖南には、舞台というものに大きなブランクとコンプレックスがあったのだ。  台詞は問題なく頭に入るが、演技を足すとたちまち堅くなり、アキラとケイタに散々イジられまくる「大根役者」に変身する。  外見がパーフェクトだからと何もかも出来るわけではない。  そんな苦悩も千鶴に打ち明け、まずはコンプレックスを取り払う作業から始める事となった聖南は、さぞかし舞台役者達の足を引っ張っていたに違いない。  扱う題材の難しさ含め、皆がまとまるまでかなりの時間を要し、ミュージカルとして観客の前で披露できるレベルになったのは、初日公演のほんの一週間前の事であった。  子役時代のぬるい演技では、わざわざ遠方から聖南を観に足を運んでくれるファン達に顔向け出来ない、目の肥えた舞台ファンを納得させられないとの思いから、聖南も必死だった。  疎かに出来ないミュージカル稽古の傍ら、ツアー前に聖南が書き下ろした曲を誰に歌ってもらうかの選別もしなくてはならなかったので、プロデュース業も継続して行っている。 「冗談だ。 こんな事言うとまた明日のニュースで俺ら熱愛とかいう記事出されんだぜ」 「そうですね…ふふふ♡」 「でもな、マジな話。 演技の苦手意識を払拭してくれたのは千鶴だったから、めちゃくちゃ感謝してる。 燃え上がったかってのとはまた違うけどな」 「そんな、私はただ下積み経験をお話ししただけです。 セナさんの技量と意識改革が合致した賜ですよ」 「千鶴の経験話が功を奏したわけだ」 『お熱いですね~! 見詰め合っちゃって~! ほらほら、お客様からひっきりなしに悲鳴が』  聖南はただ本心を語っただけなのだが、客席をはじめ壇上のキャスト陣からも指笛や野次が飛んできた。  隣の千鶴の頬の赤味は化粧ではなさそうであるし、これはまた要らぬ事を口走ったかもしれない…と聖南は苦笑する。  思った事を言って何が悪い、と昔の聖南ならこう思ったかもしれないが、千秋楽を独りでこっそり観に来ると言っていた葉璃がこの光景を見てどう感じるか、途端に不安になった。  監督が冷やかすので、さらに会場は妙な空気に包まれている。  この話はおしまいとばかりに、聖南は「次の質問は?」と無理やり話題を変えた。 『セナさんの噂の恋人は観に来ていますか、だそうです!』 「…それミュージカルと関係なくね?」 『ここにはCROWNのファンの方々も大勢ご来場下さってますから、そういう質問もアリかと!』 「観に来てくれてるよ。 いつとは言わないけど」 『おぉ! 初日ですか!』 「そうだな…初日はアキラとケイタも来てくれてたよ」  ピンポイントで葉璃の初日来場を言い当てられ、表情を変えないようにするのが大変だった。  恐らく、あからさまに「ギクッ」としたのは客席のどこかで聖南を見守る可愛い恋人だけである。  ……妙な誤解をしていないといいが。 『あ、いらっしゃってましたね! 公演終了後にわざわざ激励しに来てくださって』 「差し入れのお菓子美味かったよな」  なるべく当たり障りのない回答をし、残り二つの質問はミュージカル関連のものでありますようにと願うしかなかった。  聖南の恋人は根っからのネガティブ思考なので、少しの誤解も与えたくない。  また一人でぐるぐるし始めてやしないかとヒヤヒヤしながら、聖南はミュージカルの千秋楽、カーテンコールをヒヤヒヤしながら終えた。

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