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── 三月某日 ── Ⅲ 荻蔵の悪戯

3❥  いつ聖南がこの公の場で葉璃を押し倒すか分からないと、アキラは獣寸前の聖南の背中を押して会場内へと強引に向かわせた。  そうやってあえて葉璃から遠ざけようとしたにも関わらず、それでも聖南は葉璃の隣から一瞬たりとも離れない。  黒猫葉璃と大天使恭也は、今年も二人にとっては先輩にあたる者達から様々声を掛けられていて、その都度恭也がきちんと対応していた。  そしてそんな二人と行動を共にする、一応プロデューサーという肩書きの聖南は「過保護だな」と笑われたが何も気にする事はなく、ただただ葉璃から離れないように努めた。  こんなにも可愛い恋人を知らぬ間にウロチョロさせたくない。  社長の挨拶が済んだと同時にテーブル席の方へと移動し、CROWNとETOILEは仲良く固まって時を過ごしている。  そこへ、空気の読めない賑やかな人物がズカズカとアルコール片手にやって来た。 「おー! ハル、今年は黒猫かー! 可愛いなー! ETOILEの活躍見てるぜー!」  ズイ、と聖南と葉璃の間に割り込んできたのは、狼男に扮した荻蔵であった。  その姿と行動にムカついて眉間に皺を寄せた聖南同様、大きな声に驚いた葉璃も少々鬱陶しげである。 「こ、こんばんは。 荻蔵さん…」 「うーわ、なんでお前ここに居んの」 「セナさん、その嫌そうな「うーわ」って言うのやめてくださいって。 俺だって傷付くんすよ?」 「荻蔵お疲れー。 今年も呼ばれて良かったねー」 「ケイタさんまでヒドッ」 「荻蔵、プチ謹慎言い渡されて去年は冬の単発ドラマ一本だけだっただろ」 「そうなんすよ〜アキラさん。 でも謹慎中も映画の撮り入ってたんで、丸々休んでたわけじゃないんすよ」 「あ、そうなんだ。 仕事入れてもらえて感謝しなよー」 「それが、俺謹慎中でも女と遊んでたのがバレちゃってー。 仕事入れとかないと余計遊ぶだろって言われちまった」  屈託なくニカッと笑う荻蔵に、一同が唖然とした。  女性絡みのスキャンダルが頻繁過ぎ、社長や幹部達の怒りを買って謹慎にまで追い込まれたというのにまったく反省していない。  さらなるスキャンダルを恐れて、謹慎処分が解かれないまま逆に仕事をさせられるとは、もう少し人気俳優としての自覚を持ったらどうかと葉璃でさえ思ったに違いない。  呆れた聖南は、水を飲みながら荻蔵のあっけらかんとした顔を見た。 「どんだけ貞操観念低いんだよ」 「セナさんにだけは言われたくねぇー! …っと、ハル、昔の話だからな? セナさんの貞操観念低かったのは昔の…」 「荻蔵! うるせぇぞ! 余計な事言うなら向こう行け!」 『こいつ…! 葉璃の前なの分かってて言ってんだろ!』  荻蔵は空気が読めない上に、葉璃を見付けると聖南が居ようと居まいと猫可愛がりするので油断ならない。  葉璃を欲望の対象としては見ていないと分かっていても、口を滑らせた荻蔵に一瞬殺意が湧いた。  だがこの男は聖南の一喝には怯まない。  「そんな怒んないでくださいよ〜」と言いながら、後ろのテーブル席から椅子を一脚拝借し、アキラと聖南の間に腰掛けてニタリと笑う。 「ちょっといいもん手に入ったんすよ」 「なんだよ、気持ち悪りぃな」 「耳貸してください」 「あ?」  荻蔵は聖南の肩に手を回し、そっと耳打ちしたが周囲がうるさくてうまく聞き取れなかった。 「なんつった?」 「媚薬。 いいの手に入ったんすよ」 「はぁ? なんでそれを俺に言うんだよ」 「えっ、何? 俺にも教えてよ!」 「アキラさん、ケイタさんにこれ回してください」  意味が分からない。  荻蔵がニタニタしながら聖南に耳打ちした内容とは、「媚薬が手に入ったんですよ」という報告だったのだが…なぜそれを自分に言うのか。  ただ自慢したかっただけなのか、荻蔵はアキラにも耳打ちした後、小さな小瓶を渡してケイタの手にそれが渡った。  恭也と葉璃は二人の世界に入っていてちょうど良かったが、ふとした時にやましい単語を未成年の二人には聞かせられない。  荻蔵には早々に立ち去ってもらおうと口を開きかけたものの、小瓶を見たケイタまでもニタニタし始めている。 「これアレじゃん。 俺持ってるよ」 「マジっすか、ケイタさん! どうでした?」 「興味本位だったんだけど、マジですごいよ。 使用が一滴だけだから朝まで引き摺らないのがいいんだよね。 高いだけあって効果は抜群!」 「マジでー! 俺も早く使いてぇ!」  アキラと聖南は、二人の下話に顔を見合わせて溜め息を吐いた。  それが手に入った事がよほど嬉しかったらしい荻蔵は、ケイタと散々際どい話をした後、聖南に向き直って葉璃に見えないように小瓶をチラつかせる。 「セナさん、どうっすか!」 「どうって何が」 「使ってみます? ハルたんに」 「ハルたん言うな。 使わねぇよ。 そんなもん俺らに必要ないからな。 ……あ、やべぇ。 社長から呼び出しだ。 葉璃、行くぞ」 「へっ? あ、はいっ」  少しも離れていたくない聖南は、なぜ自分も?と不思議がる葉璃の腕を取った。  恭也に「行ってくるね」と声を掛けたのを見計らい、着信のあった社長の元へ急ぐ。  聖南と葉璃が居なくなったテーブルには、何食わぬ顔をして小瓶の蓋を開けた荻蔵がまだそこに居た。  

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