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── 三月某日 ── Ⅱ 仮装パーティー②
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間もなくパーティーが始まろうというのに、なかなか葉璃と恭也の姿が見えない。
ケイタをイジって笑いつつ、その間も聖南ははやる気持ちを堪えてエレベーターをガン見していた。
エレベーターから下り立つ仮装した女優やアイドル等と目が合う度に、聖南があまりの熱量で見詰めていたので、ポッと頬を染められる……というのを何回繰り返したか分からない。
焦れた聖南が歩もうとしたその先に、ようやく大天使ミカエルに扮した恭也がエレベーターから舞い降りた。
背中に背負った大きくて真っ白な羽根のその背後に、葉璃らしき人物を確認して急いで近寄っていく。
「お疲れ、恭也」
「お疲れ様、です。……セナさん、今年も、カッコイイですね」
「恭也も似合ってんぞ。この羽根重くねぇ?」
「重いです」
「ははっ……。だろうな。……で〜? 葉璃は何の仮装を……おぉぉっっ!」
苦笑を浮かべた恭也の背後にピタリと寄り添う葉璃を覗くと、そこには……言葉では言い表せないほど可愛い黒猫が居た。
──……やば! やば! 鼻血出る!!
恥ずかしそうに恭也の羽根にしがみつく葉璃の手には肉球付きのふわふわな猫の手が装着されており、頭には猫耳カチューシャ、レザー調のピタッとした衣装(下はショート丈!)、ローヒールのニーハイブーツを履いていて、これらはすべて黒で揃えられている。
聖南の視線から逃れようとする葉璃のお尻からは細長い尻尾まで装備されていて、パーティーなんか出席せずにこのまま部屋へと拉致してしまいたかった。
「お疲れ〜、恭也」
「……恭也お疲れー! あれ、後ろに居るのはハル君? なんで隠れて……わ、可愛い!」
「おぉ、今年のハルの仮装は黒猫か」
「……お疲れさまです……」
やって来たアキラとケイタも葉璃を覗き込んでニヤニヤしている。
消え入るような小さな声で挨拶をしてきた葉璃は、自身のコスチュームが気に入らないのか恭也からまったく離れようとしない。
あと数分でパーティーが開始されてしまうため、聖南は葉璃の細い腕を掴んだ。
「葉璃おいで、全身見せてよ」
「い、嫌です……! 絶対に嫌です! なんで……なんで俺……こんな……」
「ハル君、ハル君、俺を見てよ。またゲームキャラなんだよ。しかも敵役……」
「あ、ケイタさん……竜王変身前だ」
恭也の背後から動こうとしない葉璃に、杖を持ったケイタが両腕を広げて見せると、わずかに葉璃の表情が和らいだ。
ケイタは、恥ずかしがる葉璃を元気付けようとしてくれたらしいが、自身のコスチュームにまだ慣れないためにかなり自虐的であった。
「分かってくれた!? ハル君は似合ってて可愛いからいいけど、俺は絶対に社長の遊びに付き合わされてるだけなんだよね! 毎年毎年……ひどいだろっ?」
「ふふっ……」
「お、ハルが笑った」
「かわいー……」
「ね、俺に比べたらハル君は何も恥ずかしくないよ! すごく似合ってる! 可愛い!」
可愛いと言われても複雑なのは変わらないようだが、ケイタの自虐のおかげで葉璃はじわりと恭也から離れて聖南に全身を晒した。
その瞬間、ぐるりと長身男性等が取り囲む。
「ハル細いなー」
「ですね。葉璃は、もう少し、太らないと」
「ほんとだー。いっぱい食べる子なのにね」
「葉璃……かわい。かわい過ぎる。やべぇよ……俺鼻血出てない?」
「また鼻血の確認か。……出てねぇよ」
ぴったりとした衣装で葉璃の体の線がもろに分かってしまい、取り囲んだ聖南達は一様に「細い」「もっと太れ」と言って葉璃を盛大に困らせている。
聖南はというと、黒猫葉璃に見惚れて鼻血の確認をアキラに問い、呆れられた。
「アキラさんは……どこかの社長さんですか?」
「いや、ホストクラブのオーナー。三店舗経営中」
「わぁ、お金持ちだ。アキラさん似合ってますね。まんまって感じです」
「プッ……! やっぱ言われたな、アキラ」
「なぁハル、俺のどの辺が金持ちっぽいんだよ?」
まだモジモジはしているが、葉璃はアキラを見てニコ、と笑った。
聖南達が取り囲んでいるおかげで他人とは遮断されているからか、先ほどより葉璃の全身を拝む事ができて聖南はすっかり瞬きを忘れている。
── 鼻血どころの騒ぎじゃねぇよ……なんだよこれ……かわい過ぎるだろ……!
アキラと会話をする葉璃を恐ろしいほどに凝視し、さっきから聖南を誘う細長い尻尾を掴んでこっそり握った。
「えぇ? 最初お会いした時から思ってましたよ……? お顔とか雰囲気とか……全体的にお金持ちっぽいです」
「それ言うならセナもじゃない?」
「あー……聖南さんはちょっと違うんですけど……あ、今年も聖南さんカッコいいですね……! お洒落な警察官ですか?」
「違ぇよ、俺はイタリア軍人。お洒落な警察官ってなんだ」
「葉璃……、面白い……っ。お洒落な、警察官って……!」
「なっ、なんでそんな笑うんだよ恭也!」
こらえ切れずにクスクス笑う大天使恭也に向かって、葉璃が頬を膨らませている。
── ……なぁ、この黒猫、拉致っちゃっていいよな? マジで勃ちそうなんだけど。
聖南は誰にともなく心の中で自身に問い掛けて悶絶した。
そして、今の今まで気付かなかったあるものが見えた瞬間、聖南はカッと目を見開く。
超絶可愛い黒猫葉璃は、鈴の付いたチョーカー……つまり首輪をしていたのだ。
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