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── 三月某日 ── Ⅰ 仮装パーティー

1❥  三月頭に高校を卒業した葉璃と恭也は同日、ETOILEとしてのセカンドシングル発売をメディアに発表した。  時期は遅れてしまったが、出会いと別れをコンセプトに曲を作ったので、卒業だけではなく新生活にもマッチした内容となっているので問題はないだろう。  一月末にレコーディングを行い、発売に至るまでの工程を超特急で済ませたのは葉璃達の卒業式に間に合わせたかったからである。  発売はまだ先でも、曲が形にさえなれば、聖南の二人への祝辞になり得るだろうという祝いの意図だ。  二人の特異なデビューに伴い、約九ヶ月もの月日が経過した後に発売されたデビュー曲からセカンドシングル発売までは、そんなに日を空けないようにとスタッフから念押しされていたのだが、聖南の体は一つしかないので無理な話だった。  件のミュージカルはもちろんの事、聖南は一曲だけ、あるガールズグループのプロデュースを任された。  それが、何度も共演した事のある『Lily』だ。  てっきり、聖南が書き下ろした曲を新人アーティストに提供するのみ、という話かと思い込んでいたが、結局、ETOILE同様レコーディングにも最終的なミックスにも多大に関わる事となった。  この件が後に大きな出来事を生むとは、この時の聖南はまだ知る由もない──。  大塚芸能事務所の決算月恒例の仮装パーティーの日がやって来た。  今年も事務所内の各部門から六十名が招待され、それぞれが社長直々によって割り当てられたコスチュームを身に纏っていて、会場中が異様な空間となっている。  今年の聖南はイタリア軍人だ。  黒を基調とした軍服に膝丈のマント、警官帽によく似た装飾された帽子を被り、両手には清潔そうな白い手袋を嵌めている。  ホテルの部屋に入ってこの衣装を見た瞬間、これを纏った聖南に葉璃の目が「♡」になるであろう妄想をして半勃ちになりかけた。 「えー! セナ今年もカッコイイじゃん! ずるいんですけどー!」 「セナ今年は軍服か」  ロビーへ下りてみると、仮装したアキラとケイタがすでに聖南を待っていて、役者陣と会話をしていた。  近寄ってみると、不満そうに顔を歪めるケイタと半笑いのアキラに迎えられ、聖南は両手を広げて「どうよ」と言いながらくるりと一回転した。 「似合ってんだろ。 アキラはそれ何だ? フォーマル?」 「俺も分かんなくてさっき社長捕まえて聞いたんだよ。 「ホストクラブのオーナー、三店舗持ってる男」らしい。 設定細か過ぎねぇ?」 「あはは…! オーナーか。 それでチャラさ抑えめなんだな」 「まーたハルに金持ちキャラって言われそう…」 「あぁ、言われるだろうな」  苦笑するアキラは、上等なブラックスーツと紺のカッターシャツ、見るからに高そうな腕時計、ゆるく撫で付けて後ろに流した髪はわざわざ茶髪から黒に染め直してあり、整った俳優顔によって完璧に「成金オーナー」に見える。  葉璃は何故か、普段からアキラを「お金持ちな人」と認識しているようで、去年に引き続き今年も間違いなく似たような事を言われるだろう。  早くその場面が見たいと思いながら、聖南はなるべく視界に入れなかったケイタにじわりと視線を移す。  彼の顔はまだ歪んでいた。 「…………ケイタ、お前には触れないでおいてやろっか」 「……そうして」 「触れずになんかいられないだろ、セナ。 顔が笑ってんぞ」 「プッ…! アキラもな…!」 「二人ともずるい! 俺はなんでいつもゲームのキャラなんだよ! せっかく仮装すんなら俺だってカッコイイの着たいよ!」 「ププッ…! なぁ、俺ゲームやんねぇから分かんねぇんだけどさ…それ何なの?」 「ドラクエ! 竜王変身前! あとは自分で調べろ!」  憤慨するケイタのテンションすら可笑しくて、聖南とアキラは口元を隠して必死で笑いを堪えた。  出席者の名前を見て社長が独断と偏見で衣装を割り振るのだが、どういうわけか毎年ケイタはアニメやゲームのキャラクターに偏っている。  メロドラマに引っ張りだこなケイタに対する、社長の皮肉めいたイタズラだとしか思えない。 「いかしてるよ、その杖」 「あぁ、アキラも杖に目いった? 俺も俺も。 あとこの服の色だな。 CROWNでもケイタは紫担当だからちょうどいいじゃん」  ケイタが大事そうに握ったキャラクター専用の杖を触ってみると、なんと本物の木を彫って造られていた。  さすが、稼ぎ頭にはふんだんに予算を使ってくれる。 「セナもアキラも俺の事バカにしてんだろ!」 「してねぇよ、…ブフッ…!」 「あーあ。 アキラ我慢出来なかった。 やめろよ、ケイタが可哀想だろ。 プッ…」 「やばい、一回笑うと我慢する気も失せるな」 「我慢しろ!」  アキラの笑いながらの一言に、ケイタはまさしく地団駄を踏んで怒っている。  アニメやゲームのキャラクターは嫌なのかもしれないけれど、ケイタが着てもおかしくないように考えて造られてあるのだから、そこまで憤るような事でもない気がする。  だがしかし、毎年自身ですらイケてると自負する衣装に身を包んでいる聖南には、ケイタの気持ちなど分かるはずもなかった。

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