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── 四月某日 ── 新居にて②
アイドル同士、よっぽどの事がない限り帰宅時間は被らない。
まだ仕事もセーブ出来る未成年の葉璃とは違い、聖南に至っては不規則生活の度を超えている。
なかなか会えないどころか声も聞けていなかった、ここ二週間ほど。
聖南は一日でも葉璃の声を聞かないと具合が悪くなる、謎の病に掛かっている。
付き合ってからというもの、こっそりと葉璃に言い続けてきた「早く大人になれ」。 あらゆる思いを込めて言って来たけれど、一番はこれだった。
寝ても覚めても葉璃の居る生活を送る事が出来たらどんなにいいかと、毎日毎日毎日毎日毎日毎日思っていた。
それが今夜から叶うのだ。
広過ぎるキングサイズのベッドに、今夜からはずっと、永遠に、愛する葉璃も共に眠るのだと思うと発狂してしまいそうなほどの幸福を感じた。
「あ″ぁぁぁぁっっ」
「───っっ! なんですか、聖南さんっ! ビックリするじゃないですか!」
我慢出来ずに本当に絶叫した聖南に仰天し、葉璃は聖南の太腿から飛び退いた。
「悪い悪い! 今日から葉璃とバイバイしなくていいと思ったら抑えられなかった。 おい、離れてないでこっち来い。 ぎゅーして、葉璃ちゃん」
葉璃の腕を取り、足の間に立たせて体に抱き付くと、おずおずと頭を抱えてくれる。
チャラいと笑われるためあまり伸ばしたくはないのだが、現在、訳あってライトブラウンの髪の襟足は肩甲骨まである。
その髪を撫でてくれる小さな手のひらがあまりに心地良く、おまけにそっと囁いてくれた葉璃の甘い声色に危うく昇天しかけた。
「………聖南さん……ただいま」
「いい声…。 おかえり、葉璃」
澄んだ声にうっとりと瞳を閉じ、全身でその存在を確かめる。
聖南の抑えきれない喜びを受け止めてくれる葉璃は、なんと心が広い事か。
もう、「○週間も会えてねぇ!会いてぇんだけど!狂いそうなんだけど!」と半ギレで葉璃に電話を掛けて、困らせる事もない。
葉璃は聖南より歳下なのに、ネガティブ思考ではあるが芯はしっかりと持った強い子だ。
たとえ聖南が狂ったとしても、葉璃なら「落ち着いて下さいっ」と言って宥めてくれる。
下手したら叱られる勢いだ。
しかし、そんな葉璃も常に平常心で居られているわけではない。
元来のネガティブさと卑屈さで葉璃の方がぐるぐると悩み始めた時は、今度は聖南が宥めて落ち着かせる。
叱りはしない。 鬱陶しいと突っぱねられるまで、抱き締めてキスをしてやる。
聖南は、セックス中の葉璃の泣き顔は大好きだが、それ以外のところで泣かれるとどうしたらいいか分からなくなるのだ。
上がり症で、緊張するとカチコチに固まって殻に閉じこもり、ブツブツと独り言を言う葉璃を先輩として導いてもやらなければならない。
心が幼稚な聖南は真っ直ぐな葉璃に支えてもらい、閉じこもってきた卑屈な葉璃はポジティブで怖いもの知らずな聖南に支えられて、二人は互いを保つ。
出会うべくして出会ったバランスの取れた必然カップルだと、常々アキラから感心されるが、聖南もその通りだと深く納得している。
まだまだ知らない葉璃をこれからもたくさん知っていくためには、二人は同じ時間をこれまで以上に過ごしていかなくてはならない。
渇望していたこの同棲話を何の弊害もなく計画通りに進められたのは、聖南が葉璃と家族になりたいと強く願い行動してきた、積極的な努力の賜物である。
「あっ…これ、俺の荷物ですよね? 受け取りありがとうございます」
数分間沈黙して抱き合っていたが、葉璃がふとダンボールを指差した事で甘い時間は終了を見た。
聖南もその指先を目で追い、葉璃がピリピリとガムテープを剥ぐ姿を見詰めた。
「そうそう、そうなんだけど。 ……なぁ、いっこ聞いてい?」
「何ですか?」
「荷物少な過ぎねぇ? 何入ってんだよ」
聖南はてっきり、引っ越し業者の者がわらわらと押し寄せてくると思い身構えていたのだが、実際に来たのは配達業者のおじさんだったらしい。
コンシェルジュから受け取りの連絡が入って耳を疑った。
このダンボール二箱も、重ねて一度にここへ運べたほど軽くて、謎だらけなのだ。
「少ないのかな。 中身は、……ほら、服ですよ。 下着とかも合わせてだから衣類全般、かな」
「え、服? ………マジだ」
「聖南さんがやたらと洋服を恵んでくれるじゃないですか。 だから俺の服はこの家にあるものとコレで充分賄えるんですよ。 大体の生活用品は聖南さんの家に俺のもあるし」
「賄えねぇだろ。 葉璃は三百六十五日毎日衣装替えしていい。 一回着たらポイして構わねぇから」
「何を言ってるんですか! あと五年は新しい服要らないですって言おうと思ってたのに。 聖南さん、俺にお金使い過ぎです」
まったく…と膨れた葉璃は、服を抱えてクローゼットにしまいに行った。
聖南も残りの衣類が入ったダンボールを抱えて、葉璃のあとを追う。
葉璃のためなら全財産使っても惜しくない。
そんな事を考えながら、スプリングコートを脱いだ葉璃を目尻を下げて見詰めていた。
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