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【もしも聖南と葉璃が赤ちゃんを預かったら】
首がすわってるし、座ったりハイハイしたりも出来るから扱いやすいよ!……って、扱った事がない俺に言われても。
確かにご機嫌にハイハイしてて可愛いよ。
聖南は綺麗好きだから床には塵一つ落ちてないし、この子の手の届くところに誤飲しちゃいそうな物も無いから安全だし、すぐにミルクを用意する環境も整ってる。
「あうぅ、あうっ」
「うん? なに? お外綺麗?」
「う〜〜っ! うっうっ」
「……なんて言ってるのかなぁ……」
小さな手で窓をバンバン叩いてる、生後七ヶ月の赤ちゃんを前に俺は苦笑しか出てこない。
カーテンを引っ張ると危ないかなと思って、わざと開けっぱなしにして外が見えるようにしていたらすごく気に入ったみたいで、ハイハイでウロウロしては必ずこの定位置に戻って来て都会の夜景を眺めている。
泣かないで居てくれるのは助かる。
見ず知らずの人間なのに、たとえ二時間だけとはいえ預けられたこの子よりも俺の方が人見知りしてるんだけど……。
「葉璃ー♡ ただいまー♡」
「あっ、やば! 聖南さん帰ってきた! ……ちょっとだけいい子にここに居てね、すぐ戻るからね!」
玄関口から俺を呼ぶ聖南の元へ駆け寄る前に、この子の周囲に危ないものがないかだけ確認して、大きな子ども……もとい、恋人を迎えに行った。
おかしいな、今日は雑誌の撮影だから帰宅は深夜になるかもって言ってたのに。
まだ九時過ぎだよ。
「おかえりなさいっ」
「え、そんなダッシュで来てくれるなんて嬉しい。 ただいま、葉璃♡」
「聖南さん、早かったですね」
「そうなんだよ。 昨日のロケで大体は撮りきってたからな。 今日はスタジオで二パターン撮っただけ。 前の仕事が押したらてっぺん回るかもって感じだったんだ」
「そうなんですね。 お疲れ様です」
聖南ってば、俺を驚かせようとして「帰るよ」コールをしてこなかったんだな。
先に俺が帰宅してるのが分かってる日は、必ず「今から帰る」って連絡が入るから、その時に事情を説明しようとした俺は、聖南にまとわりつかれて何も話せないままリビングへとやって来た。
「俺着替えてくっからケトルの電源入れといてくれる?」
「あ、もう電源は入ってます」
「んっ? あ、そう? じゃあカップ用意しといて? 食器棚、背届く?」
「届きますよ!」
「あはは……っ。 今日もかわいー♡ じゃよろしく〜」
「はーい」
俺の事をひとしきりなでなでした聖南は、手を洗ってうがいをするためにバスルームに行った。
窓辺でキョトンとした赤ちゃんには気付かなかったみたいだけど、戻ってきたらちゃんと説明しなきゃな。
食器棚から聖南のマグカップを手に取り(めちゃくちゃ背伸びした)、キッチンに置く。
朝や食後はドリップコーヒーを嗜むけど、帰宅してすぐは手軽なコーヒーバッグを好むからそれも一緒に出しておいた。
あと俺に出来るのはケトルのスイッチを入れる事くらいで、これも赤ちゃんのミルク用にすでに準備してあったからやる事がない。
「おいで、聖南さんに紹介するからね」
「うっうーっ!」
「ちょっと大きい人だけどビックリしないでね」
「あうーっ!」
「ふふふ……っ」
おとなしく窓の外を眺めていた赤ちゃんを抱き上げて、優しく背中を撫でると元気に手足を動かした。
……可愛いなぁ。
よだれ掛けとロンパースがお揃いのヒヨコ柄なんだ。 髪の毛もくるんくるん。 どちらに似てるのか知らないけど顔もすっごくキュートだ。 ……男の子だけど。
こんなに小さいのに全然人見知りしないなんて、俺より偉いし。
「ご機嫌だね」
「うっ♪ うっ♪」
とりあえずはミルクと赤ちゃん用のボーロだけ預ってるし、時間がきて不機嫌になり始めるまで様子を見よう。
ここに来て約三十分。
少しも俺の手を煩わせないこの子の名前は、確か……。
「───え、!?! は、はる……その子……!」
ラフな部屋着で立ち止まった聖南が、俺と赤ちゃんを交互に見比べてギョッとしている。
そりゃあ、帰って来ていきなりお家に赤ちゃんが居たら驚くよね。
どういう事?と問い質される前に自分から説明しようと、俺は赤ちゃんを抱いて聖南に近付いて行く。
「あ、聖南さん、この子は……」
「や、やべぇ! 葉璃、ついに赤ちゃん産んだのか!」
「えっ!?」
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