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監察日誌:悲劇の行方
***
俺の予想に反して水野くんは、配置換えも転職もせず、山上のそばに居続けた。その不可解な行動は、俺に興味を抱かせるもので――
時折見かける水野くんは、山上の少し後ろをくっついて歩き、その距離感が、ふたりの心の距離のように感じしまった。
山上のワガママにも根をあげず、仕事をこなして、一ヶ月が経過したある日――
外に昼食を食べに行こうと歩いていたら、目の前に水野くんがひとりで歩いていた。
「水野くん」
「あっ、関さん。お疲れ様です。これからお昼ですか?」
俺が声をかけるとパッと振り返り、きっちり頭を下げた。元気そうな姿に、思わず安堵する。
「外で食べようと、向かっていたところだ。水野くんもこれからか?」
「はい。そこのコンビニに寄って、公園で食べようかと思いまして。久しぶりに、天気が良いから……」
「君が迷惑じゃなければ、一緒に昼食とっていいだろうか?」
俺がそう言うと、ポカンとした顔をする。
「あの……コンビニ弁当ですよ? レストランとかじゃなく……」
「ああ、構わない。普段から食べ慣れてる」
「そうなんですか? 関さんってお寿司屋さんとかフレンチとかのイメージしてたんで、何か意外です」
俺が歩き出すと並んで、少し照れながら俯く。
「俺だって、君と同じ独身だから。自炊は時間が勿体なくて、やらないし」
「俺はたまに作りますよ。唐突にカレーが食べたくなったときは、大量に作って食べるんです」
可笑しそうに言って、俺の顔を見下ろす。
「そのときは是非、招待して欲しい。水野くんが作ったカレーが食べてみたい」
「いつになるか分かりませんよ。唐突ですから」
常に笑顔で接してくれる水野くん。話し方も穏やかで、変な気を遣わなくていい様子に、好感を持つことが出来た。
そのまま話ながらコンビニへ行き、各々食べたい物を購入してから、すぐ傍の公園に足を運んだ。
昼食を口にしながら、日頃の水野くんの生活パターンを聞いてみる。
あえて、山上の話題は避けていた。
「関さんってもっと、おっかない人だと思っていたから実は、ちょっとだけビビってました……」
ふいに会話が途切れた瞬間、ポツリと正直に呟く。
「目つきが悪くて、冷たい印象があるから。よく言われる」
「目つきよりも何ていうか、隙がない感じだと思います。山上先輩とは、また違った感じなんですけどね」
そう言って、小さなため息をついた。
「山上は、あれから、何も……してこないか?」
辛そうな顔を見てしまったので、あえて訊ねてみた。
「はい……大丈夫です。俺も適度な距離感で仕事していますし。何か、すみません。お気遣い、いただいてしまって……」
「あんなことがあったのに、よく逃げ出さず一緒に仕事してると、逆に不思議に思ったんだ」
俺が言うと、飲みかけのペットボトルを、両手でぎゅっと握りしめる。
「そうですよね。だけどここで逃げてしまったら、今までの苦労がなくなっちゃう方が、やっぱり辛かったから。それに山上先輩はなんだかんだ言って、仕事が出来る人で勉強になるし……」
「まあな。性格にかなり、問題あるが」
「問題有りすぎて大変ですけど、だから危ういトコもあって、目が離せないっていうか……」
「水野くん?」
俺がその台詞に反応し、じっと顔を見つめると、わたわたして少しだけ顔を赤らめ、弁解するように首をブンブンと、左右に振りまくる。
「えっと山上先輩、突然変な命令するし、気を抜いてるときに限って、後頭部を叩いてくるし……ホント目が離せないんです。今日だって非番のハズなのに、署内をうろうろしていて、ビックリしちゃって……」
ああ、例の頼んでいた調査で彷徨いてるんだ。非番なのに、悪いことをしたな。
「昨日かなり咳き込んでたから、今日くらいゆっくり休めばいいのにって……」
「自分の限界に、とことん挑戦する男だからな。俺からも注意しておいてやる。ついでに、栄養剤でも渡しておくか」
俺が呆れながら言った時だった。
「何イチャついてるんだ、お前たち。僕が必死で、仕事していたっていうのに……」
言い終わらない内に、水野くんの頭を振りかぶって、グーで殴った山上。風邪のせいか、いつもより声が掠れていた。
「痛っ! 本気で殴ったでしょ、山上先輩っ」
頭を擦りながら、上目遣いで山上を睨む。その顔は、本気でイヤがってるようには見えない。
(適度な距離感でって言ってた割には、しっかり仲が良いじゃないか――)
「残業したいなら、関とずっと喋ってればいいだろっ!」
不機嫌丸出しで、山上は言い放つ。ゴミを持って、渋々ベンチから腰を上げた水野くん。
「関さん、お話の途中なのにすみません。またお昼、ご一緒したいです」
ふわっと華が咲いたような、綺麗な笑顔をした。山上の笑顔が洋物の華なら、水野くんの笑顔は和物の華。芍薬や牡丹あたり、か。
「邪魔が入らなければ、また……」
その綺麗な笑顔を、じっと見ながら俺も微笑んだ。ペコッと一礼をして、その場を去る水野くん。
入れ替わるように、山上がベンチに座った。
「……邪魔して、悪かったな」
「別に……」
手に持っている、微糖の缶コーヒを一口飲んだ。
「関、最近、気づいたことがあるんだよ」
「何だ?」
山上は目の前を向いたまま、腕を組む。
「お前さ、僕のことをガン見し過ぎ……」
改まって、何を言い出すかと思えば――横目で呆れた視線を、隣に飛ばす。
「僕は気づくけど、アイツは鈍いから。全然、気づかないからな」
念を押すように掠れた声で言うと、キッと俺を睨んだ。
「おいおい。風邪で、頭がおかしくなったんじゃないのか?」
「誤魔化すなっ! いい加減にしろ関……」
冷笑した俺に、叱責する。立場がいつもと逆である。
「水野は誰のモノでないの、分かってるんだけどさ。お前にだけは譲りたくない。絶対に……」
俺は膝に置いた左手を、ギュッと握りしめる。山上はまだ、水野くんの気持ちに気づいてはいないのか。
「俺だけじゃないだろ?」
諭すように言うと、口を真一文字に引き結んだ。
「何、早とちりしてるか知らないが、お前の恋愛に、俺を巻き込むな」
「あんな顔して、よく言うよ……」
そう言って、俺の胸ぐらをガシッと掴みかかる。
「目尻下げまくって、鼻の下を伸ばしてる顔してたんだぞお前っ!」
「自分で自分の顔が見られないからな。残念だ」
「僕に……親友に、隠すのか?」
食い入るような眼差しに、一瞬だけ怯む。俺の気持ちを知って、どうするつもりなんだろうか。
「隠すも何も、始めから何もない。一緒に昼飯食ったくらいで嫉妬して、とち狂ってくれるな」
そう言うと山上は、悔しそうに舌打ちをした。
山上と水野くん――お互い想い合っていれば、いつかはきっと結ばれる。
「関が奥手で、すっげえ助かったよ……」
山上は苛立ちながら、機敏な動作で立ち上がり、元来た道をズカズカと歩いて行く。
俺は残った缶コーヒを飲み干し、深いため息をついた。
「そうさ……。俺は、天性の弱虫なんだ……」
そして卑怯なことに、嘘つきなんだ。水野くんにも山上にも、俺の気持ちを知られるわけにはいかない。俺のような、薄っぺらい人間に好かれたところで、みんな迷惑なだけなんだ。
飲み干した缶コーヒーを手に、ゴミ箱に向かう。
「こんな風に簡単に、気持ちを捨てることが出来るのなら、すごく楽なのにな……」
呟きながら、ぽいっと放り投げた。空き缶同士が当たる音がして、一層虚しくなる――
山上の想いに比べたら、俺の想いなんて、この空き缶と同じだ。
再び深いため息をついてから、彼ら同様に来た道を足早に歩いた。自分の気持ちを、吹っ切るように――
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