11 / 38

監察日誌:悲劇の行方6

***  急いで署に戻り、水野くんから受け取ったUSBを早速パソコンで確認してみた。その画面を見ながら腕を組み、深いため息をつくしかない。山上らしいといえば、そうなんだが――。  いろいろ考えていると、扉をノックする音が耳に届く。 「水野です。関さん、お忙しいところすみません……」  意外な人物の来訪に、慌てて扉を開けた。 「病院から直接、ここに来たのか?」 「はい……関さんにお願いがあって」 「とりあえず、中に入ってくれ」  なにを言いたいか、顔を見れば一目瞭然。さて、どうしたものか――山上が撃たれた以上、同じような危険が伴うこの仕事を、水野くんと一緒にやっていけるだろうか?  俺がゆっくり扉を閉め、急いで向きを変えると、水野くんが床に跪き、頭を下げている姿があった。  断りにくい状況にくっと息を飲んでそのまま見下ろす俺に、澄み切った大きな声で口を開く。 「山上先輩が残したこのヤマ、俺に引き継がせてはもらえないでしょうか? 足を引っ張らないように、やってみせますから。どうかお願いしますっ!」 「水野くん……」 「危険なことは、百も承知しています。だけどこのまま、なにもせずに指をくわえてるだけなんて、どうしても許せなくって……」 「水野くん、頭を上げてくれないか。君が頼みこまなくても、俺から頼まなきゃならなかったからな」 「えっ!?」  勢いよく顔を上げた水野くんの腕を取って立ち上がらせると、デスクに置かれたパソコンの画面を見せた。 「君が届けてくれた、USBの中身だ」 「これって、いったいなんですか? さっぱり、ワケがわからないんですけど」  眉根を寄せて、難しい顔をする水野くん。遊び心があり過ぎる、山上のなぞなぞみたいな暗号。日頃からヤツと会話していれば、わかりそうなものばかりだった。 「このピンクのウサギくん宅は、水野くん家なんだ」 「なんで俺が、ピンクのウサギくん……?」 「山上から見た、水野くんの第一印象らしい。アイツのセンスは、さっぱり理解できない」  俺がおかしそうに笑うと水野くんは小首を傾げながら、次の項目を細長い指でなぞった。 「じゃあ、これは誰なんですか? 恋敵の助手席の下って?」 「――俺、だ」 「関さんと山上先輩って、恋敵だったんですか?」 「一昔前の話だ」  いきなりの指摘に困って嘘をつくと、水野くんは俺の顔を見て呟く。 「なんか、壮絶な闘いになりそうですね。どっちもイケメンだし、相手の女の人が羨ましいかも」 「相手は、水野くんだよ」  あまりにも無邪気に言うので、本当のことを言ってみる。すると、一瞬だけポカンとした顔をして、 「おっ、俺ですか!?」  ブワッと頬を赤らめて、目をパチパチする姿がかわいらしい。 「なぁんて冗談だ。予想どおりの表情、ありがとう」 「は? ちょっと、関さん酷い。本気にしちゃった俺ってば、すごく格好悪い……」 「うん。……本気にしていいよ」 「関さん、いい加減に」 「悪い……。なんか冗談でも言ってないと、泣きだしてしまいそうなんだ。俺のせいで、山上が死んだようなものだから」  肩を落として俯くと、俺の袖口を掴んできた水野くん。 「それを言うなら、俺だって責任があります。俺を庇ったがために、山上先輩は亡くなってしまったんですから」 「水野くん……」 「終わったことを、とやかく言っても始まりません。残されたこのヤマを、きちんと解決しなきゃ!」  目を赤くさせながら笑う水野くんの姿に、胸の中が熱くなった。山上――おまえが言うように、水野くんは芯が強いな。 「一緒に解決できるよう水野くん、約束してくれ」  俺の袖口を掴んでいる手を、両手で握りしめる。 「絶対に、ひとりで無理しないこと。出勤の送迎は俺がする」 「ええっ!? そんな……。関さんに送り迎えしてもらうなんて、恐れ多い……」 「単独行動が危険だから、言ってるだけだ。山上もそうしていただろう?」 「そういえば外に出たときは、常に一緒でした。そういう理由だったんだ」 「お互いがお互いを守るためだ。我慢してくれ」  俺が苦笑いしながら言うと、水野くんは力なく首を横に振った。 「我慢なんて、とんでもない。俺の方こそ、関さんに負担かけっぱなしにならないように、とにかく頑張りますから」 「ああ……」 「だから山上先輩みたく、俺を庇ったりしないでくださいね。もし関さんになにかあったら、山上先輩に叱られちゃいます」  水野くんは両手を握りしめてる俺の手の上に残った手を重ねて、言葉を続ける。 「俺は捨て駒だから……盾にでもして関さんは助かって、事件を絶対に解決してください!」 (好きなヤツを捨て駒になんて、できるワケがない。本当に、バカな男だな――)  俺は握っていた手を離すと、水野くんの頭めがけて、パーで思いっきり叩いた。  バチン! 「あだっ!」 「山上が命を張って守った水野くんを、どうして俺が盾にできると思う? 俺にとっても君は、大事な人なんだからな」  背を丸めて頭を撫でている水野くんを、眉根を寄せて見上げる。呆れた勢いで、ちょっと強く叩き過ぎただろうか。 「俺は山上と同じように、優しくしない。お互い助かるなら、ぶっ飛ばしたり蹴っ飛ばしたりと、手段は選ばないから覚えておくように!」 「関さん……」 「まずは山上があちこち隠した、メモリーを回収しなければ。俺は気が短いんだ、ボヤボヤしてくれるなよ」  口ではこう言ったが俺も山上と同じく、水野くんを命を張ってでも、絶対に守るだろう。かけがえのない、大事な人なんだから――。

ともだちにシェアしよう!