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監察日誌:残された仕事と守るべき者
その後ふたりで協力して、山上が残したデーターをすべて回収し書類を纏めて、すべてのホシの洗い出しをした。発砲事件を起こしてくれたお蔭で、予定よりも早く送検出来る手筈となったのが幸いだった。
裁判所に重要書類を提出する日まで、あともう少し――不眠不休に近い仕事を、ここ数日こなしていたとある夕方。
「水野くん、大丈夫か? 頭がふらついているが……」
「大丈夫です。関さんこそ、ふらついていませんか?」
デスクの後方にある窓から、オレンジ色の西日が入ってきて、その暖かさが俺たちふたりを、眠りの世界へと誘っていた。
お互い隣同士、パソコンとにらめっこして仕事をしている最中。横目でそっと水野くんの様子を見ると瞼が降りる寸前で、パッと目を覚ましながら、必死に睡魔と格闘していた。
「俺はふらついてないから、大丈夫だ」
山上も無茶をするヤツだったが、水野くんも相当、負けず嫌いらしいな。
子供の様な愛らしい仕草に笑いながら、強引に肩を抱き寄せてみた。
「ちょっ、関さん?」
「俺の肩を貸してやるから、20分くらい仮眠しろ。その方が、効率が上がるから」
「そんな……」
「隣で、うつらうつらされた方が、かえって迷惑だ。それともぶん殴って、気絶させた方がいいか?」
水野くんの顔に拳を見せつけると、慌てて肩に頭を乗せた。
「すみませんっ。肩、ちょっとだけお借ります」
おどおどしながら、慌てて目を瞑る。
まったく――どうして俺は優しい言葉のひとつくらい、かけてやれないんだろう。これじゃあ嫌ってくれと、言ってるようなものじゃないか……
謝ろうかと顔を水野くんに向けると、彼は既に夢の中の人となっていた。
肩を貸したが水野くんの方が背が高いので、窮屈そうに寝ているのがどうにも忍びなく、頭を持ち上げてそっと膝に移動させてみる。頭を撫でると気持ち良さそうに、体をすり寄せてきた。
「俺が、ずっと前から思ってることを話そうか……」
頭を撫でながら、ポツリと呟く。寝ている今なら少しは、素直な言葉が出てきそうだったから。
「君が好きなんだ。山上と付き合っていても、どうしても諦めがつかなくて……」
想いは胸の中で、ずっと燻っていた。時折見せる笑顔が山上に向けられたものでも、それを遠くから見ることが出来て幸せだった。
水野くんが幸せであれば……そう思っていたのに。山上が死んでから君は、泣きそうな笑顔しかしなくなったね。
「俺の零れそうな想いを君にあげれば、あの笑顔が見られるのだろうか?」
でもそれは、無理な話なんだ。昔も今も素直に言葉に出来ない俺は、天性の弱虫だから――
「君がまともな恋愛をして、幸せになって行く姿を、山上の代わりに見守ってやる」
素直じゃない俺の傍にいるより、きっとその方が水野くんは幸せになる。君の晴れやかな、あの笑顔が見たいから……
引き寄せられるように、水野くんの唇にそっとキスをした。触れたかどうか、分からないくらいの僅かな接触――
「水野くん……」
俺が小さな声で呟いた瞬間、いきなり目が開いた。慌てて飛び起き、ひれ伏す水野くん。
「すみません、すみませんっ! 関さんの肩どころか、膝までお借りしちゃったみたいでっ」
「窮屈そうだったから、勝手に俺が移動させたんだ。謝る必要はない」
「俺、寝てる最中……関さんに、何かしませんでしたか?」
なぜか、申し訳なさそうな顔して訊ねてくる。寝ながら何かをする、クセでもあるんだろうか?
「君はただ、気持ち良さそうに寝ていただけ、だったが?」
「関さん、何か顔が赤いから……。俺、すっごい失礼なことでもしたんじゃないかって、心配で」
「俺の顔が赤い理由は、この西日と君の体温が相まったからだ。お蔭で俺も一瞬、意識を失ったから」
超絶鈍い水野くんには、この嘘は見抜けないだろう。俺としたことが、顔が赤くなっているなんて思わなかった……不覚。
「でも関さんの言う通り、短時間でも寝たら頭がスッキリしますね。ありがとうございました」
「惰眠を貪った分、しっかり働いてくれ。この書類も頼む」
傍らに置いてあった書類を押しつけて、慌てて立ち上がった。
(――この顔の火照りを、今すぐ冷まさなければ)
俺はデスクに置いてあった書類を適当に掴んで、逃げるように出口に向かう。
「悪いがちょっと出てくる。留守番よろしく……」
「はい。いってらっしゃい」
爽やかな顔で見送られ、そそくさとその場を後にした。鈍いっていうのもある意味、幸いなことかもしれないと、改めて思わされたのだった。
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