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監察日誌:決定的な失恋と唐突な脅迫事件

***   「おはよう、水野くん」  その日珍しく署内の玄関口で水野くんを見かけたので、後ろから声をかけた。俺の声に振り返った彼の顔色はえらく冴えないもので、目の下には大きなクマまで作っている。 「あ……おはようございます……」 「随分と悩んでいるようだな。なにか困りごとか?」 「えっ!? どうして」 「水野くんの顔が、いつもと違うからだ。目の下にクマを作るくらい、悩ましいヤマなのか?」  意味なく眼鏡を上げながら指摘すると、ますます困った表情を浮かべて視線をきょろきょろ彷徨わせる始末。 (これは、かなりアヤシイじゃないか――) 「全然っ、たっ、大したことはないんです。プライベートでちょっと……」 「ほう……それは、非常に気になるな」 「気にしないでくださいっ! 本当にくだらないことなんです。関さんになんて、とても言えませんっ」  慌てふためきつつ、俺との距離をとる水野くん。その挙動不審な態度がアヤシすぎて、さらに質問を重ねようとしたときだった。 「そういえば、急いで仕上げなきゃならない仕事がたくさんあったんだ。関さんすみません、お先に!!」  水野くんはわかりやすい嘘をついて、走ってその場を後する。 (俺にはとても言えないことって、いったいなんだろうな? どんな種類のやましいことを、隠しているというんだ)  どうにも気になったので、捜査一課の刑事たちにさりげなく紛れて、こっそりと三係を見張った。 「ミズノン、昨日はお手柄だったそうじゃないか。なのにどうして、そんな浮かない顔してるんだ?」  俺の他にも、水野くんの様子が違うのを指摘した刑事。 「そりゃ悩むよなぁ。面食いな水野の恋のお相手が、一筋縄ではいかないヤツなんだから」  水野くんの横をすれ違い様、大きな声で言う林田さん。 (――なるほど、恋の悩みだったのか) 「ちょっ、水野って面食いなの? 意外だなぁ。なんでデカ長が、その相手のことを知ってるんすか?」 「たまたま現場に遭遇したまでだ。偶然って怖いねぇ」  林田さんは意味深な笑みを浮かべながら告げて、颯爽と出口に向かう。そんな彼をすぐさま追いかけ、捜査一課を出たところで勢いよく肩を掴んだ。驚いた顔で振り返った林田さんの顔が、少しだけおもしろい。 「ちょっと関さん、びっくりするじゃないですか。おはようございます……」 「おはようございます。さきほどの話、詳しくお聞きしたいのですが?」  ほほ笑みながら言うと、林田さんは一瞬顔を引きつらせた。 「関さんが気にするような話じゃないですよ。くだらねぇったら、ありゃしない……」  朝の水野くん同様に、なぜか視線を彷徨わせる。 「くだらないかどうかは、俺自身が決めます。いったい水野くんに、なにがあったんですか?」 「この事実を知ってしまったら、アンタがキズつくかもしれないんだぜ。それでもいいのかい?」  どこか憐れむような目をして、俺の顔を見つめてきた。 「関さん、水野のことを気にしてないと、今日のような些細な変化を見逃すはずだ。ずっと遠くから見ていたから、わかったんだろうさ」 「林田さん……?」 「見てるだけじゃ、なにも始まらねぇよ。だからアイツは、他所に目を向けちまった」 (もしかして林田さん、俺の気持ちを知って――)  目の前から注がれる憐れむような視線を受けながら、重たい口を開く。 「今度の恋のお相手は、一筋縄ではいかない相手……でしたっけ?」  寂し気に告げてみると、林田さんは頭をガシガシ掻きながら深いため息をつく。 「アンタに隠してても、どうせわかっちまうから言うけどさ……。相手は、未成年の男子高校生だ」 「は!?」  思わず、素っ頓狂な声を出してしまった。そんな俺を見た林田さんは、苦笑いを浮かべて肩を竦める。  それにしてもどうして水野くんは、男子高校生を好きになってしまったんだ? 「な、一筋縄でいかない相手だろう。ソイツってどことなく、山上に似てるんだよ。見た目じゃなく、中身がな」  林田さんは腕を組んで考え込むと、困惑の感情を滲ませた声でそっと教えてくれた。 「…………」 「一瞬で心を奪われたみたいに見えたなぁ。って関さん、大丈夫かい?」 「大丈夫じゃないです……」 「ぼやぼやしてるから、こんなことになるんだ。変な方向に歩きだした水野の心、おまえさんの勇気で、なんとか引き留めることができるかもよ?」 「そうでしょうか……」  落胆しながら両手に拳を作る。水野くんが好きになった高校生と、自分が張り合えるのだろうか? 「立ち止まったままでいたら、水野との距離がどんどん広がるぞ。それでもいいのかい?」  諭すように問いかけてくれる林田さんに、力なく首を縦に振ってみせた。 「俺は彼の前で、素直に言葉にできないので。一緒にいたらきっと、キズつけてしまうから……」 「残念だな、いいコンビだと思ったのに。アイツは多少キズつけても、ケロッとしてそうなのによ。優しいなぁ、関さん」  奥手だとか弱虫だとかマイナスワードを口にせず、なぜか褒めてくれた林田さんにホッとした。  水野くんのことで今は心が乱れていたので、本当に助かってしまった。

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