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コンビニで――
仕事が終わるの時間と恋人のバイトの時間が重なれば、たまにコンビニへと迎えに行っている。だがそこで、最近見かける客がえらく気になってしまった。
目が合うと何故だか全身から放たれる、敵意剝き出しのオーラが漂っていて、何なんだコイツはという不快感と一緒に、更なる疑惑が持ち上がってしまう。
もしかして、雪雄のことが好きなんじゃないかって――
それ故に何とかして時間をやりくりし、コンビニに日参することになった。
***
「いらっしゃいませ!」
仕事が終わり、いつものように雪雄が働いているコンビニに顔を出した。カウンターには雪雄と最近入ったであろう細身で、どこにでもいそうな感じの若い男性店員がいた。
ふたりで楽しそうに仕事している様子に、ちょっとだけ妬けてしまう。
チッと思いながら飲み物が売っているところに行こうとしたら、背の高い男性とぶつかってしまった。
「すみません……」
「いえ。こちらこそ、ぼんやりしてしまって」
ぶつかった衝撃でズリ落ちてしまったメガネを上げて、男性に謝る。そこではじめて気がついた。
同じ時間帯に、何度か逢ってるヤツだ。山上に勝るとも劣らないその容姿と、漂わせている独特な雰囲気――カタギの職業 をしているとは到底思えない。
「最近、この時間によくお逢いしますね」
だたならぬ相手だからこそ、思い切って話しかけてみた。
「そうでしょうか。すみません、人の顔を覚えるのが苦手でして」
眉根を寄せ、さも申し訳なさそうにして謝る男に、いえいえと首を横に振った。顔は謝っているが言葉に抑揚がなく、謝っていない感が満載だ。
水野君よりも少しだけ背の高い男を見上げながら、口元に微笑を湛えてやる。
「職業柄、人の顔を覚えるのが仕事なので、お気になさらずに。それにアナタのような、整った容姿の方を覚えていない方が、大変失礼になってしまいます」
俺の言葉に男は笑みを浮かべるどころか、逆に挑むような眼差しで見下ろしてきた。
「……俺を持ち上げて、何を聞き出したいのでしょう?」
「別に、持ち上げているワケではないですよ。素直な感想を、述べているだけです」
「素直な感想、ね――」
小首を傾げ、印象的に映る瞳を細めて、俺の後方を見やる。振り返ってその視線を辿ると、雪雄が働いているカウンターだった。
「ふふっ、目の色が変わった」
「!!」
「しまったって、顔に書いてありますよ」
図星を見事に突かれ、固まるしかない。男の視線にまんまと誘導された俺も悪いがコイツ、相当出来るヤツだ――
ひやりとしたものを感じながら、男を見上げる。
「俺はアナタと趣味が違いますから、安心してください」
「は――!?」
「俺が気になっているのは、もうひとりの可愛いコなんです。癖髪の彼じゃないので、大丈夫ですよ」
分かってないなといわんばかりに苦笑いを浮かべ、カウンターを見つめる彼の眼差しの先に、指摘した若い男性店員の姿があった。
「意外そうな目をしてくれますね。メガネの奥の瞳が、面白げに見えます」
視線をゆっくりと俺に戻し、更にじーっと見つめてくる。何なんだ、コイツと思いながら質問をぶつけてみた。
「どうして、俺のことをよく見るのでしょうか? 人の顔が覚えられないから、覚えようとしているとか?」
絶対にコイツは、俺のことを覚えている。だからこそ、雪雄を名指し出来たんだ。
「人の心を掴むのが仕事なので、相手を見ていなきゃ、何も始まらないんです。それにアナタの行動は、とても面白いですし、ね」
「いたって、マトモな応対だと思いますけど」
「いやいや。いきなり初対面の同性を褒めるなんて、ほとんどありません。女性に褒められるのは、勿論アリなんですけどね。しかも敵意剥き出しであんな風に褒められても、正直困ってしまいます」
言われてみたら確かにそうだ――自分と比較して、劣っているところを探すならまだしも、褒めるなんて行為は、まるで誘っているみたいじゃないか。
「それは、大変失礼致しました。俺の心も、まんまと掴まれてしまったみたいです。ご職業はさしずめ、マジシャンみたいなお仕事でしょうか」
メガネを上げてニッコリ微笑みながら、聞きたかったことの核心に迫ってみた。自分なりに、いい濁し方をしたと思いたい。こんなふうに人の心を揺さぶりながら騙している様は、俺も似たようなものだろう。
「マジシャン、か――。それなら、たったひとりだけのマジシャンになりたいです」
男性店員を見つめる彼の眼差しに、熱がこもっていく。きっと俺が雪雄を見つめるときも、こんな感じなのかもしれない。
「……彼ら、楽しそうに仕事していますよね」
男に並んでカウンターを見やり、ぽつりと溢してみた。こんな夜中だというのに店内には適度に客がいて、カウンターにいるふたりは、バタバタと仕事に勤しんでいる状態だった。
「そうですね。妬けてしまいそうになるくらい」
「同感です、人当たりがいいのにも程がある」
微笑み合いながら接客している彼らを、遠くからぼんやり眺め、じゃあと一言告げて背中を向けた俺たち。
敵同士じゃないと分かったから、その後互いに声を掛け合うことはなかったのであった。
【了】
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