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01.

綺麗な満月の夜、みんなが楽しげに 踊るのをぼんやりと眺めていた。 明日は兄の結婚式で今日は前夜祭。 みんな幸せそうに身体を揺らし、 夜空は祝うようにキラキラと星を輝かせる。 ああ、今日はきっといい日なんだろう。 他人事のようにそう思い、息を潜めた。 「フォレスト!あんたこんなところにいたの!」 「母さん…どうしたの?」 「客人が多くて酒が切れてしまったの。 買ってきてちょうだい。」 「…分かった。」 母から金を受け取り、 人と人の間を縫いながら歩く。 横目に見えたのはまるで女神のように微笑む兄と その兄を愛おしげに見つめる男。 兄の結婚相手は男だ。 それも、王族の血を引く人。 そして、俺の初恋の人。 この町の治安維持のためにやってきた あの男、レオンと 俺の双子の兄、アレストは明日神に 愛を誓う。それが嬉しいはずなのに、 喜べないのはレオンに恋心を抱いているからだ。 兄のアレストは昔から病弱だった。 家から出ることさえ危険だと町の医者に 言われるほど。 俺たちの家は裕福ではない。むしろ貧しい。 兄の医療費は馬鹿にならず、 10歳の頃から俺は隣町に出て働いてきた。 ヘトヘトになった身体を引きずり 隣町から帰ってきても、 家の手伝いが待ち受けており、 アレストと話をする暇も、レオンと話をする暇も 俺には無かった。だから、分からなかった。 2人が愛し合い、結婚するだなんて。 レオンとは幼馴染のようなものだ。 アレストの病院へ付き合ったとき出会った。 俺たち双子より一つ年上で、 整い過ぎて怖い程冷酷そうな顔に反し、気さくで 優しい人だった。 仲良くなるのに時間はかからず、 レオンはよく俺たちの家に遊びに来てくれていた。 でもそれは、 アレストの様子を見る為だったのだと 思い知る。 夜の道をとぼとぼ歩いていれば 街灯の下に人影が見えた。 「こんばんは、フォレスト」 「…こんばんは、悪魔さん。」 その人影はゆらゆらと俺に近付き やがて顔を出す。 青白い肌と、燃えるような赤い瞳。 彼はれっきとした悪魔だ。 俺には幼い頃から彼が見える。 他の人には見えてないらしいけれど 俺はこうして時折、彼と話をする。 悪魔である彼は神出鬼没で 隣町で働いてる時に現れたり、今みたいにこうして ひょっこり現れたりする。 俺が呼んでも来てくれる事もあるけど 大体は彼が赴くまま、といった感じだ。 「元気がないね、どうしたの?」 「そうかな…?」 「明日は君のお兄さんの結婚式なんだろう?」 「…うん。町で1番大きな教会でやるんだって」 「へぇ、流石は国を統括するレオン陛下だ」 「あはは、レオンは陛下じゃないよ」 「あれ?そうだっけ」 「うん。レオンの弟さんが陛下になったんだ。 レオンは権力争いが嫌で蹴ったんだって。」 夜の道を歩きながら悪魔さんと話をする。 彼の事は俺しか見えていないから 周囲が見れば俺は変人だろう。 けれど町人はみんな前夜祭に行っている。 町は驚くほど静かだ。 「権力争いが嫌で蹴ったのか、 自分の愛した人の側にいたくて蹴ったのか どっちだと思う?」 悪魔さんはニヤリ、と笑って俺に尋ねる。 俺はズキリと痛んだ胸を 隠すように苦笑いを零した。 「どうだろう?俺には…分からない」 「まぁ、どっちにせよめでたいね」 悪魔さんはゆらゆらと宙を踊るように舞う。 その姿をはじめて見た時の事を思い出す。 最初は怖くて泣いたんだ。 けれど悪魔さんは優しくて、 いつからか話し相手になっていて。 両親に悪魔が見えると言った時は 精神科に連れていかれたっけ。 「フォレスト、明日はいい日になるといいね」 「…うん。有難う。」 「王族の嫁に入るんだ、もう君が隣町まで 行って働かずに済むんだろう?」 「…うん。昨日付けで仕事は辞めてきたよ。 これからは家の手伝いをしなきゃ。」 「…そう。」 悪魔さんは少し考える素振りをしたけど すぐにパッと笑った。 「これからはゆっくり自分の時間を 歩めばいいよ。」 その言葉は胸を抉る。 今から、じゃ遅かった。 もう少し前に自分の時間があれば。 レオンに好きだと伝える事も出来た。 恋心を殺すなんて事しなくて済んだ。 もう全てが遅かった。 涙ひとつ出ないのは、どうしてなのだろうか。 こんなにも胸は痛いのに。 こんなにも彼を想うのに。 それと同じくらい兄が大切だからだろうか。 それとも、病弱で外の世界へ 飛び出すことも許されなかった兄への 罪悪感か。 ぐるぐると考えても、答えは出なかった。

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