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02.
買い足した酒はあっという間になくなって
アレストの身体を気遣ってか
前夜祭はお開きになった。
「フォレスト、ちょっといい?」
客人が荒らしに荒らしてった庭を
片付けているとアレストが手招きをする。
「どうしたの?早く寝ないと風邪引くよ」
「うん…でも僕、フォレストに言いたい事が
あるんだ。」
真剣な表情の兄に逆らう事も出来ず
掃除の手を止めてアレストに近づく。
家から出ない日々が長く、ベッドの住人である
アレストの身体は白く細い。
まるで儚いお姫様のようだ。
いや、レオンや周りからすれば明日
アレストはお姫様になるんだった。
お姫様に相応しい人。
背も小さく、優しげで綺麗。
同じ顔なはずなのに俺とは全然違う気がした。
アレストの少し冷たい手が俺の手を握る
「僕の医療費のせいで、ずっとずっと
我慢させて、ごめんね。」
「…なんだ、そんなこと…兄弟なんだから
当たり前でしょ?」
「…有難う、フォレスト。情けない兄で
ごめんね…」
そんな事ないよ、と言いかけて声が止まった。
アレストは泣いていたから。
ホロホロと涙を落とし、俺に謝る。
俺は慌てて大丈夫だ、と声をかけた。
「アレスト、泣かないで!明日の
式ブサイクな顔で出ることになるよ!」
「あはは、酷いやフォレスト」
「…アレスト、幸せになってね。」
とびっきり、幸せになって。
俺が羨む隙もない程。
俺が俺を哀れむ暇もない程。
幸せになって、遠くへ行って。
「フォレストは本当に僕の自慢の弟だ」
「…うん、有難う。」
繋がれた手をそっと見る。
華奢なアレストの手と、ゴツゴツ骨ばって
荒れた手。随分と自分の手が汚く見えた。
アレストの紫の瞳が揺れる。
ああ、神様に愛されているから
アレストはこんなに綺麗なんだ、と勝手に納得する。
じゃあ、俺は。
愛されもせず、邪険にもされない。
アレストや両親にとって都合の良いモノ
だったんじゃないか。
そんな考えが過って、嫌気がさす。
アレストは今まで頑張ってきたんだ。
愛されて当然だ。
そして俺は、健康で何不自由なかった。
だから、働いて金を稼ぐのは当然だ。
それだけの事だ。
なんとか飲み込んで、アレストの手を離す。
「ほら、部屋に戻って。レオンが
待ってるんでしょう?それに明日は早いし。」
「あ…僕も片付け手伝うよ!」
「だめ!アレストは部屋!俺がやっとくし!」
「で、でも…」
「ほらほら!風邪引くから!」
押し込むようにして家に入れれば
アレストは渋々、部屋に戻っていった。
「自慢の弟、か」
ぽつり、と呟けばその小さな声は
空に溶けて消えてった。
頭の中にある靄を取り払うように
一心不乱に掃除をする。朝日が昇る頃、
やっと眠りにつけた。
翌朝、家が騒がしくて目を覚ます。
時計を見ればまだまだ式に向かうには早い時間。
アレストの支度が始まってるのだろうか。
でも、俺はただ立っているだけだろうから、と
もう一度寝ようとした時、
部屋の扉が強く開けられた。
「フォレスト!」
息を切らし、青い顔をして立っていたのはレオン。
その顔は絶望に溢れており
何事かと飛び起きる。
「ど、どうしたの」
尋ねるとレオンは俺の肩を掴んだ。
「アレストが、倒れた」
「え…」
「フォレスト、頼む教えてくれ」
「え、な、にを…?」
レオンは焦っているのか、言葉が通じず
俺は戸惑う。アレストの具合が
だいぶ悪い事は察知した。
「お前、悪魔が見えるんだろう?」
その言葉に一瞬で理解する。
どうしていいか分からず呆然としていると
レオンが怒号をあげた。
「頼む!頼むから…!アレストの心臓が
止まりそうなんだよ…!頼むから…」
「レオンは…悪魔に会って、どうするの」
「そんなの決まってる…!俺の命を代償にしてでも
アレストを助ける」
レオンの一言に、俺はどうしようもなく
泣きたくなった。
そこまで愛される兄が、羨ましい。
この人に、一心に愛を貰える兄が。
「…ごめん、レオン。それは出来ない」
「っ、なんで!」
「俺、もうとっくに悪魔なんて見えないよ」
嘘をひとつ、吐く。
レオンの瞳から光が消えた。
膝から崩れ落ち、俯き肩を震わせている。
「ねぇレオン。レオンにとってアレストは
どんな人?」
「…なんで、今…そんなこと…」
「いいから教えてよ」
「…最愛の人だ。アレストの為なら命を捨ててもいい。
鳥籠の中で外を眺めるアレストとやっと、
やっと一緒に歩けると思ったんだ…かけがえのない
俺の、唯一だよ。…だから、俺は…」
「悪魔に魂を売るつもりだったんだね」
「…ああ」
俺もしゃがみこんで、レオンの顔を見る。
その目はいつも黄金色に光っていた。
けれど今は鈍った胴のように見える。
「じゃあ、俺は…どんな人?」
「…は?」
もう心の中で、どうするかは決めている。
やる事は決まっている。
だから、どうしても聞きたかった。
貴方の思う俺はどんな人なのか。
「レオンは俺をどう思ってるのかな、って」
「……アレストの弟、と思ってる。
いつも、元気そうで…アレストのために頑張ってる
いい弟だ、って…」
レオンの言葉にそっと頷く。
優しく微笑んで、レオンの頬を撫でた。
きっとアレストのようなきめ細やかな手では
ないし、カサついていて不愉快だろうけど
レオンに触れてみたかった。
ああ、あったかいなぁ。
「俺はね、レオン。ずっとね、ずっと…
レオンが好きだった。本当はアレストが
羨ましかった。ずっとレオンといれるアレストが…」
想いを伝えた途端、パシン、と乾いた音をたて
手を振り払われる。
「お前…!こんな時になんで…!」
信じられない、と顔を歪めるレオンに
俺は笑った。
「ごめんね」
謝るとレオンは立ち上がり、
ゴミを見るように俺を睨みつけ、
部屋から出て行った。
俺も立ち上がり、誰にも見られないように
部屋の窓から庭へ出てそのまま
裸足のまま、町を走った。
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