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03.
走って、走ってたどり着いた森。
そこは俺が初めて悪魔と出逢った場所。
裸足のせいで足裏は痛いのに、
止まりたいのに、
気持ちは先を走っている。身体は止まりもしない。
「悪魔さん!悪魔さん!」
声を荒げながら、森を走り
何度か転んでも構わずに走り声をあげる。
「悪魔さん…!お願い出てきて…!」
何度も叫んで声が枯れた頃、目の前に
影が落ちた。
「珍しいね、フォレストが俺を呼ぶなんて」
悪魔さんは、にっこり笑いながら
宙をひらひら踊っている。
俺は悪魔さんが現れた事に安堵したのか
身体の力が抜けてその場に座り込んだ。
「わっ…、どうしたんだ、って裸足!?」
「ごめん…お願いがあって…」
心配するように俺の側に降りて俺の
顔を覗き込む悪魔さんの目は
きらきらと赤く光り宝石のように見えた。
現実離れしたその美しさはやはり、悪魔だからなのか。
昔は怖かった。どうして自分だけに
悪魔が見えるのか、と。もしかしたら俺は
前世で悪い事をしたから悪魔に
監視されてるんじゃないかとさえ思っていた。
けれど彼は優しい。そう、唯一の友達のような人。
唯一、俺の名を呼んで、目を合わせて話してくれる人。
俺は貴方が見えて、良かった。
何故だか胸が軋んで、涙が落ちる。
「どこか痛いの?怪我してるの?」
「ううん…違うよ、ただ…」
「ただ?」
「悪魔さんに逢えて良かったな、って」
突拍子もない俺の言葉に悪魔さんは
目を白黒させた。
そして照れたように笑っている。
「お願いがあるんだっけ?それはなんだい?」
「…悪魔さん、俺の魂で
アレストの命を救ってください」
お願いします、と頭を下げると
なにをいってるんだ、と冷えた声がした。
「契約をするって事?どうして。」
「アレストの心臓が止まりそうなんだ。だから…」
「だから悪魔と契約して救う、って?」
「それしか、俺には出来ないから」
「馬鹿じゃないの!死は神が決めたものだ
フォレストが悪い訳でもましてやそれを
救う必要もないだろう!?」
「でも…俺、きっとその為に生まれてきたから」
俺はアレストのために、生まれてきた。
アレストが幸せになれるように。
両親も、きっとレオンだって
それを望んでいる。
望まれる事は嫌いじゃない。
ただ、少し寂しかっただけだ。
けれど俺は知っている。
俺がもし、死んでもアレストにはレオンがいる。
アレストが死んでしまったら、
レオンはきっとダメになる。
壊れていくだけ。
天秤にかけるまでもなく、答えは簡単だった。
俺は、そうなる事が怖い。
好きな人には笑っていて欲しい。
幸せになって欲しい。
片割れであるアレストにも、
初恋のレオンにも。
2人が笑える日が続くというのなら、それがいい。
「俺は働く事しか出来ないから。
でもアレストは違う。
愛すべき人も愛してくれる人もいる。
それにアレストは、これから幸せになる
はずだったんだ。ずっと家に閉じ込められて…
これからはレオンと、2人で太陽の下を
歩くはずだった。俺は、もう充分、歩いてきたから。
だから悪魔さん、お願いです。アレストを、助けて」
俺の言葉にその赤は酷く燃える。
怒りか、絶望か。
よくわからない激しさに俺は怯えそうになる。
けれど後には引けなかった。
どれだけ考えても、これしか出なかった。
ちっぽけな脳味噌では、これが最善策だった。
「俺と契約するなら、君の魂と
罰として視力を奪うよ。それから君の兄アレストは
死ぬはずの人間。つまり死神が動いてる。
それを契約で無しにするなら死神からも罰を受ける。
君の魂は死んでも、ずっとこの世を彷徨い
もう二度と生まれ変わる事はない。
神に逆らい、悪魔に手を染めた人間はみんな
地獄なんてものより悲惨な結末を迎えるんだ。
…それでもいいって事か?」
悪魔さんはスッと目を細めて、俺を見る。
考える余地も無く、俺は頷いた。
「それでもいい。俺の全てを捧げます。
だから、だからどうか、」
彼らを幸せにしてくれ。
その言葉を聞いた悪魔は、燃える赤を薄め
少しだけ、悲しげに、揺れていた。
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