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04.
(side LEON)
愛する人は、病弱だった。
まるで籠に囚われた綺麗な鳥のような人。
美しい紫の瞳はアメジストのように輝き、
時折、悲しげに涙を落とす。
その涙の理由はいつだって弟を想う涙だった。
彼の双子の弟は、彼の医療費の為
隣町で働いている。
2人と出逢ったのはまだ幼い頃。
その頃から弟のフォレストは、働いていた。
最初はその弟が可哀想でならなかったのを
今でも覚えている。
兄であるアレストが診察室に入って、
2人きりになった時、少し意地悪な質問をした。
「君はつらくないの?その歳で働くなんてさ…」
「ううん。全然!俺はアレストの為にいるから!」
屈託無い笑顔で返され、酷く胸が痛くなった。
幼いその手は傷だらけ。まともに手入れも
手当てもされていないその手を握り、
持っていた絆創膏を貼ってあげると
フォレストは照れたように笑い、
有難う、と言った。
フォレストの瞳は深い緑で、まるで
人を優しく包みこむ森のようだと思った。
優しいこの子に幸が訪れる事を神に願った。
暫くして、俺は彼らの住む町の統括を任された。
治安維持も含めた任務の為町の館に住む事になり
彼らの家にも頻繁に遊びに行くようになった。
しかし、フォレストはいつも留守だった。
隣町に働きに出ているからだ。
それに時折帰ってきても忙しなく家の用事をしていた。
話す機会はあの病院以来、訪れないまま。
俺は王族の一家で金や地位はあったけれど
プライドも勿論ある。
アレストの医療費を負担する事など簡単だったが
それをしてしまうと彼らだけ特別扱いになる。
この小さな町は貧困化が深刻だった。
だからこそ、特別な待遇をすべきではない、と
思っていたし、それが正しいと思っていた。
必然と、よく話すのは兄のアレストで
彼はいつも自分の無力さを嘆き、
弟に苦労させる事に泣いていた。
俺がなんとか出来ればいいのに。
そう思うようになってからそれが愛だと知るのに
時間は要さなかった。
俺は彼に逢いに行って、彼が泣く度愛を囁いた。
ある日久々に帰宅したフォレストの痩せた姿を見て
涙を落としながら
「僕も働けたら、もっとフォレストに
美味しいものを食べさせてあげれたのに
もっと、もっと自分の人生を楽しめたはずなのに」
と苦しそうに呟いていた。
それが俺を決心させる。
特別扱いが出来ないのは、
彼が一般市民だから。
ならば俺のものにすれば。
そうすれば彼の家族も、それこそ
フォレストだって幸せになれるし
彼の事は俺が幸せにしよう。
生涯をかけて、彼を愛してみせよう。
そう決めて、彼にプロポーズをして。
泣き虫な彼はまた泣いていたけど
それは嬉し涙だと知り、俺も死ぬほど嬉しくて
幸せで。ああ、今なら死んだっていい、と
思えるほどに有頂天で。
彼の両親にも、俺の父や母にも挨拶を済ませて。
王族の長男だった俺だが、自由を好む両親のおかげで
アレストとの結婚はトントン拍子に進み
さぁ、これから幸せになろう、といった矢先。
愛しい彼の心臓は、ゆっくりと音を無くした。
青白い顔、冷た過ぎる身体。
昨夜まで隣で幸せそうに微笑んでいたのに。
どうして、なんで。
彼の軽過ぎる身体を抱いて、
町1番の老医者の元へと走った。
「…もう、ダメだろう。」
「は…なに言って…ダメ、ってなんだ…説明しろ!」
「アレストの心臓は随分弱っている。
心音も随分と小さく、ゆっくりだ。
レオン王子、しかと聞いてくれ。
アレストはもって、3時間程度だ。」
足元から崩れるような感覚がした。
3時間?なんだ、それは。
3時間で、アレストが死ぬっていうのか。
神は、どうしてここまで彼を苦しめるんだ。
…違う。神も、彼を愛しているのか。
だから連れていこうとしているのか。
その時ふと、幼き頃の話を思い出した。
フォレストの事だ。
フォレストは昔、変な事を言っていた。
悪魔が見えて、よく話をする、と。
俺はフォレストが幼いながらの蘇生術か
なにかだと思っていた。
孤独に耐える為、フォレストが作り出した
架空の話し相手。それが悪魔なのだと。
もし、本当に悪魔が見えるのならば。
それなら、まだ望みはある。
気付いた時にはもう足は走り出していた。
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