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(1年間、だと……?)
私が入学してから、ずっと……?
一体なぜ………
「俺はね、実は結構慎重なタイプなんだ」
何を考えてるかわからない、喰えないタヌキのような性格の奴は楽しそうに話し出した。
「俺は将来龍ヶ崎の会社を継ぎ、家具の世界を変える。その為にはね、俺1人の力じゃどうしても足りないんだ。時間も、労力も」
ふふふ、と目の前の顔が笑う。
「だからね、俺には必要だったんだ。
ーー〝俺を5人分にも6人分にもしてくれる存在〟が」
「5人分にも、6人分にも……?」
(数が、おかしい)
普通、こういう時は2人分や3人分って言葉を使う筈だ。
「あぁそうだよ。でもね、俺が今まで出会った奴らは精々俺を2人分か3人分にしてくれるくらいのレベルだった」
「それじゃ、足りないんだよ」と、真っ直ぐに見つめられる。
「俺はね、はっきり言って〝月森〟なんて、いらないんだ」
「ーーっ!? な、」
「〝一流企業に月森あり〟って言葉があるように、確かに月森は凄いとは思うよ。みんな、自分の会社を一流にしたくて君を欲している。
でもね、俺にはそんな願掛けのような存在、いらない」
だって、〝月森がいるからその会社が一流〟って訳では、ないでしょう?
「だからね、俺は別に月森にこだわってる訳じゃないんだ。 ただただ純粋に〝シズマ〟という存在が欲しいんだよ」
「……っ、何故………」
(何故、そこまで私に執着するんだ……?)
「ふふふ、うーん。1番は性格かな。後は要領の良さ」
「は?」
「俺はね、君が入学してから1年間、春夏秋冬ずっと君を観察していた」
どの季節でさえ、どのタイミングだって君はいつも冷静で、取り乱さずにただただ目の前の大量の課題をこなしつつこの頭のいい大学で学年主席をキープし、寄って来る生徒たちの対応をもこなして何事もないように生活していた。
「そんな君に、俺は惹かれたんだ」
こいつだったら、俺を5人にも6人にもする事ができる。
「だから、俺は卒業するまでのラスト1年間をかけて、君に勝負を挑んでいるんだよ?」
「分かるかい?」とにんまり笑われて、ただ呆然とする。
(こいつは、本気で1年間も私は観察し続けたのか……?)
それも〝月森〟としてではなく、〝シズマ〟としての自分を。
そしてその結果、卒業までというラスト1年の猶予付きで私に声をかけた、と。
「………っ、なぜ」
「ん?」
「何故、貴方は〝自分が龍ヶ崎を継ぐ〟と断言している」
こいつは分家、しかもその次男坊。
とてもじゃないがこの地位の奴が会社を継ぐことなんて、到底不可能だ。
(一体どこから、そんな自信が湧いて来る……?)
「クスッ、あぁ、それはね」
ニヤリ、と楽しそうに微笑まれた。
「俺以上にそんなタッパを持った奴が、他に居ないからだよ。シズマ」
「………は?」
(タッパ…だと……?)
「ふふ、君も感じてくれているかと思ったけどな」
ジィ…っと更に顔を近づけられ、至近距離から覗かれる。
「俺はね、経営者に必要なスキルを全て兼ね備えている。自画自賛じゃないよ。きっと誰よりも、それを持っている自信がある」
「………っ」
その、瞳の色。
真っ黒い色の中には、強い意志と燃えるような決意があった。
(またのこの瞳か…出会った頃と同じ……)
目が、逸らせなくなる。
「クスッ。そうだなぁ……
俺もみんなのように自分の事をスピーチするならば……
ーーこのどん底にいる端くれ者がトップに這い上がるのを、近くで見たくはないか……?」
「ーーっ!」
(こいつ、自分で端くれ者と……っ)
自分で自虐するようなマネをしといてなお、こいつはそれを楽しんでいるようにニヤリと笑っている。
「………さて、アピールタイムはこれくらいにしておこうか」
スッと顎を掴まれていた手が離れ、あいつがまたストンと椅子に座った。
「っと、まぁこんな感じの事を考えているから、良かったら覚えていてくれよ」
何事も無かったかのようにはははと笑われるが、それに応えられる程の余裕を持ち合わせていなかった。
(…………っ)
心が、酷く乱される。
こんな事今まで1度も無かったのに。
あいつの発せられた言葉一つ一つが、強く自分の心に突き刺さっている。
これは、何なのだろう。
龍ヶ崎マサトに、私は惹かれ始めているのだろうか……?
(っ、いや、辞めよう)
ただ、今こいつからの話を聞いたからだ。
時間が経てば直ぐに刺さっているものも無くなる。
そう思い、私はまた何気ない日常を過ごしていたが
あの日心に刺さったものは、取れることは無かったーー
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