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大きな音を響かせながら、綺麗な火をパラパラ咲かせて光ってるもの。
これはーー
「は、なび………?」
(嘘、なんで)
突然打ち上がり始めたそれは、次々に上がり始めて
空いっぱいに沢山の色の花火が咲き誇る。
(す、ごい……)
こんなの、テレビでしか観たことなかった。
予想以上に大きな音が響いてて、それがちょっとだけ雷の音に似ていて、思わず繋いでいたレイヤの手をギュッと強く握る。
「……どうだ? 初めての花火は」
「…音が大きくてビックリした、けど……
ーー綺麗…………」
ヒュルヒュル音を立てるものや、パッと弾けて下へ垂れてくるもの。
小さい花火がまとまって一気に光ったり、大輪のものがこぼれ落ちそうなくらいに咲き誇ったり。
本当、いろんな種類の花火が次々に上がっては消えていく。
「……喜んでくれてるみてぇだな」
「ぇ?」
「これ、俺が頼んだんだ、龍ヶ崎に」
驚いて隣を見ると、花火を食い入るように見つめていた俺を見ていたのか、優しそうに笑うレイヤの顔があった。
「お前、見たことなかったんだろ、花火」
「そ、ですけど……」
俺、こいつにそんな話ししたっけ………
あ、もしかして。
(宿題会の時にイロハたちと話した会話、聞いてた…のか……?)
「この場所が1番ベストで見えるように、あの位置に上げてもらってる」
「ぇ、」
「邪魔するものが、なんもねぇだろ?」
確かに、この場所からだと花火を遮る建物とかは何もなくて綺麗に見える。
(あぁ、そっか)
「もしかして、この為にこの場所へ……?」
「そうだ」
花火に照らされながら微笑むその顔は、本当……文句のつけようがないくらいにかっこよくて。
「ハル」
「っ、は、はぃ」
キュウッと心臓が鳴って、体が火照りだすのを感じながら
それでも視線を外さずに返事をする。
「来年は、一緒に夏祭り行こうな」
「……ぇ?」
「今年はお前が学園から出れねぇ事知るのが遅くなって間に合わなかったから、来年は絶対な。
〝約束〟だ、ハル。
ーー俺が、必ずお前を此処から連れ出してやる」
「ーーーーっ」
あぁもう、本当に。
(かっこよすぎだ、馬鹿……っ)
「りんご飴、食べてぇんだろ?」
そんな事まで覚えてるんだ。
キュウキュウ胸が締め付けられて、もう堪らない。
「浴衣着て、屋台まわって、お前の食いてぇもん全部買って。それで1番いい場所に陣取って。 今度はこんなのじゃなくてもっと立派な、大きい花火見ような」
「っ、これ、十分立派ですっ」
「ーーっ、はは、そうか……」
少し切なそうにレイヤが笑って、よしよしと頭を撫でてくれた。
「ほらハル。俺の顔じゃなくて花火見ろ、花火」
撫でてくれた手でグイッと花火の方へ向かされる。
「あれは全部、お前のもんだ」
「僕の…もの……」
「そうだ。お前の為に上げてもらってんだ、
ーー受け取れ、ハル」
「…………っ」
(嗚呼、もう駄目だ)
ぐるぐる渦巻いてた感情の答えに気づくまいと作り上げていた心の壁が、ガラガラ音をたてて壊れていく。
……きっかけは、何だったっけ?
あぁそう、決算時期のあの雷の時。
自分の1番弱い部分を、嫌がりもせず支えてくれて……
思えば、あの時既に答えが出ていたのかもしれない。
でもこの感情に気づいてしまったら、俺はハルに顔向けできなくなるし。
自分が傷つくだけだからって、逃げて逃げて逃げまくって。
ーーでも、
(も、逃げられないや……っ)
〝花火〟は、夏祭りの1番の見どころ。
お祭りに来てる皆んなが、一斉に空を見上げて楽しむもの。
でも、この花火はどうだ?
お祭りでも何でもなくて。
花火が上がるという予告も何にもなく突如、綺麗に上がり始めた。
それは、ただ1人の人の為だけに上げられているのだという。
この辺の地域に住んでる人たちが見上げていても。
明日から学校が始まるからと戻って来ている学園の生徒たちが見上げていても。
それは、その人たちの為には上げられていないんだ。
ただ、ただただ真っ直ぐに
今ここで、レイヤの隣で静かに見上げている
ーー〝ハル〟の為だけに、上がっている。
(っ、馬鹿だな……ほんとっ)
お前、やる事の規模でけぇよ。
自分家の権力使って、空なんか独占しやがって。
『俺は、欲しいものの為なら何だって利用するぞ』
いつか、レイヤに言われた言葉。
(あれは、こういう意味だったのか)
自分の家にまで頼んで、花火の準備をしてくれて。
(ねぇ。この上がってる花火の種類とか順番とかも、全部レイヤが考えたの?)
ハルが初めて花火を見るからって、わざといろんな種類にしてくれた?
上がる順番だって、ハルに飽きさせないよう計算してんの?
一体いつから準備していたんだろう。
ハルにピアノを教えているとき?
それとも、宿題会で花火の話を聞いた時から?
もしかして……ずっとずっと、この日ハルを驚かす為に内心緊張しながら俺との時間を過ごしてたの?
(嗚呼、駄目だ……)
胸の奥から想いがどんどん溢れて来て。
もう、止まらない。
たった1人の人の為に此処までしてくれて。
来年の約束まで、取り付けてくれて。
この感情には、決して気づいてはいけなかった。
気づいてしまったら、傷つくから。
もう……俺は傷つきたくない。
(でもっ)
どんなに否定したって、もう限界。
痛いくらいに締め付けられてる胸が、もうとっくの昔から悲鳴を上げている。
あいつに握られている手が、熱い。
一緒に花火を見上げて、花火に照らされてるその横顔に、どうしようもなく切なくなる。
ーー嗚呼。もう、無理だ。
(俺、は………)
びっくりするほど俺様で、でも…それでも優しくて。
力強い手で支えてくれて、いつも守ってくれて。
1人で何でもできる癖に、実はすっごく不器用で。
たった1人の愛する人の為、ただただ一途にこんな事までしてくれる。
そんなレイヤのことが
もう、どうしようもなく
ーーーー好き、だ。
[夏休み編]-end-
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