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sideレイヤ: 何かが、おかしい
月森から連絡が来た時は、正直気が気じゃなかった。
親父に伝えて許可をもらって直ぐに学校まで引き返して、全力で保健室にたどり着くと、そこには月森と佐古がいて。
俺の顔を見た途端、佐古に胸ぐらを思いっきり掴まれた。
「てめぇ…ちったぁ業務量考えやがれ!
最近家の事情で会議があるからって、それはてめぇの問題だろうが!こんなになるまでハルに仕事押し付けやがって……何やってんだてめぇは!!」
「………は?」
(何を、言っている……?)
俺は、ハルに業務なんざひとつも押し付けてはいない。
ただ体育大会の時と同じように、こいつが難なくこなせる量のものを渡しているだけだ。
俺の業務は、俺自身でしっかり終わらせている。
「〝は?〟じゃねぇよ!てめぇのせいであいつは毎日部屋にまで業務持ち込んで、ずっとやってんだぞ!?」
「部屋に、持ち帰る……だと?」
(ちょっと待て)
何かが、おかしい。
「………どうやら、これは互いに詳しく話を聞く必要がありそうですね」
俺の胸ぐらから佐古の手を外させ、月森はチラリと俺と佐古を見た。
佐古も、ようやく何か変だと気づいたようだ。
ベッドの中のあいつを見ると青白い顔でスースー寝息を立てていて、起きる様子はまだ無い。
「……おい佐古、その話詳しく聞かせろ」
俺たちは、静かに極秘の会議を始めた。
「成る程、な……」
「ふむ。これは これは……」
「チッ、意味がわかんねぇ……」
(どういう事だ………?)
俺・月森・佐古が知る最近のハルの様子には、見事にズレが生じていた。
「お前が業務を押し付けてねぇんなら、あいつはいっつも部屋で何やってんだ……?」
「それは見当もつきませんね……
私はてっきり初めての学園生活で思春期特有の悩みが生まれ、食欲も無くなられていたのかと思ったのですが…何かしらをされているのならばそれも違いますね……」
「…………」
(何なんだ、一体)
佐古は生徒会の業務、月森は思春期特有の悩みでこの状態になったという臆測。
だが、俺は業務なんざ任せてないしハルの悩みも特に聞いていない。俺との関係は夏休みよりも良いいものになってると実感しているし、友人関係等もあいつのクラスを見る限り良好のよう。
(恐らく、佐古と月森の考えはどちらも違うな……)
じゃぁ、何だ?
何がこんなにもハルの事を苦しめている?
「…まだ、よく分かりませんが……
ーーどうやら、水面下で何かが起こっているのは確かなようですね」
「そうだな……」
俺たちの知らない何かがあいつに起こっていて、それによってあいつはここまで体力を消耗して、倒れた……と。
「ハッ、気にくわねぇなぁ……」
(一体誰が何やってんだ)
それとも、こいつ自身が自分でこうなった……?
いや、ハルは自分自身の限界を自分で分かっているように1学期を過ごしていた。
だから、倒れる前には何かしらのヘルプを寄越してくる筈。
と、いうことは……
「やはり、第三者でしょうね……」
「月森も、そう思うか」
「えぇ。ハル様の性格などを考えると、そうなのかと」
「だよな……
佐古、最近ハルの周りに変わった奴はいるか?」
「………いねぇ。いつものメンツでつるんでるだけだ」
「そのようですね。私も観察していましたが、これといった不審者らしき人物はおりません」
「そうか……」
(何が起こってんだよ…本当に……)
ますます分からねぇ………
「…あ、だが……」
「ん、何が佐古」
「最近……やけに挙動不審になる時があるな、あいつ」
「挙動不審……?」
「廊下歩いてる時とか、食堂の時とか……タイミングはバラバラだが、急に周りを見始める時がある」
(急に、周りを……?)
「…それでしたら、私も一度その場面に遭遇いたしました。第1回実行委員会の後生徒会室に帰られる時でしたね。突然あらぬ方を向き、顔色が悪くなられていって……
てっきり慣れない会議の疲れが出たのかと思ったのですが…あれは、もしかするとーー」
ーー何かに、怯えていたのかもしれない。
「ほぉ…何かねぇ……」
挙動不審になるという事は、何かに怯えているという事。
ハルは、何かに怯えている可能性が高い。
(一体、何処のどいつが何やってんだ……?)
ハルに直接聞いてもいいが、多分教えてはくれないだろう。
どうせ俺が家の会議で忙しからとか、周りに迷惑かけないようにとか考えてんだろうな。
またお前は1人で抱え込みやがって……ったく。
変なところで頑固で、細い体で倒れるまで立ち向かいやがって……
嗚呼、自分自身に1番腹がたつな。
ハルがこんな性格だと、嫌でも知っていた……なのに俺は、こいつを1人にさせてしまった。
(っ、くそ……っ)
「………ん…」
ベッドから、ハルの声が小さく聞こえた。
「…そろそろハル様が起きそうですね。
今のところ現状で分かるものはこれくらいでしょうし、解散しましょう」
「……3日」
「「?」」
「3日、時間が欲しい」
正直、ハルがこんな状態の中、学校を出て会社の会議なんざ参加できるはずがない。
「3日で今入っている全ての会議にケリをつける。親父とも話し合って、暫くは俺の参加を無くしてもらうよう取り付ける。全てが終わったらハルの隣に無理やりにでも居座って調べ上げる。だから……」
「…ふふ、分かりました。それでは、3日間は徹底してハル様を監視しておきましょう」
「チッ、3日だけじゃなくても、俺は常に見てんぞ」
「頼む、月森、佐古」
「かしこまりました。ほら、ハル様が目覚めますよ? 貴方は近くにいてあげてください。
本日はもう授業には参加されないかと思いますので、先生方には私から言っておきましょう」
「あぁ、悪いな月森。それと佐古、お前も教室に帰れ。
放課後丸雛たち連れてハルを迎えに来るんだろう? その時まで俺が此処にいるから」
「……分かった」
2人が静かに出て行き、そっとベッドへ近づく。
改めて見たハルは、痩せ細ってクマが出来ていた。
(……っ、くそっ)
一体、誰に何されてんだよ。
何でこんなになるまで、1人で抱え込んでんだ……
でも、こいつを1人にさせたのは俺で、その事実にギリリと胸が鳴る。
久しぶりに話したこいつは、相当弱っていて。
「ぎゅっとしてください」なんて言葉、言われたのは初めてで。
目の下を労わるように撫でると、目の前の顔が力なく微笑んだ。
そのまま眠ってしまったハルの手を、キツく握る。
ポソッ
「ハル、あとちょっとだけ、待ってろ」
3日……いや、2日で終わらせてみせる。
終わったら、俺はずっとお前の隣にいてお前の事を守るから。
だからーー
「っ、くそ………!」
なにも出来ない現状と、分からない答えに
ただただ、ギリギリと心臓が痛んだ。
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