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「こんにちは、ご注文お伺いしますね!」
「お待たせしました、どうぞ」
「お茶7つ追加な!」
「季節の和菓子まだ残ってる!?」「もう無い!」
「これ◯番テーブル持ってって!」
バタバタ バタバタ
とにかく慌ただしく動く大正ロマン喫茶店。
お客さんは、途切れる事がない。
でも、かなりの列なのにみんなとても静かに並んでいる。
(流石佐古だよな……)
いやぁ正直あの軍服で「静かにしろ」やら「順番に並べ」やら言われたら、そりゃ聞くよな。
佐古もかっこいいし、もしかしたら佐古を長く見たくてわざわざ長い列にいる奴もいるんじゃないだろうか。
「小鳥遊くん、お皿にBコース用の和菓子お願い!」
「はいっ!」
俺は、お客さんの方へは一切行かずお菓子担当で取り分ける人になってる。
クラスのみんなにここの担当をお願いされて、特に希望も無かったし受け入れた。
(「注文に行ったら危ないから」って、俺そんなに注文間違える人に見えるかな……)
案外おっちょこちょいって思われてる? うーん……
ま、いいや。楽しいし。
「はい、出来たよっ」
「有難う!後は追加でAが2つとCが3つ!」
「Bももっかい注文入った!」
「は、はいっ!」
たくさんのお客さんの為、それからはとにかく慌ただしく動きまくった。
(ぁ、何かやばい……かも)
忙しなく動きまくって早何時間か経った頃。
(ほんっと俺って体力無いよな……)
ぐらぐら揺れ始める視界と、ふわふわしてくる頭。
決算の時レイヤとグラウンドを駆けずり回った時と、同じような感覚。
「ぁっ…と」
手元にあった可愛い和菓子を落としかけて、慌てて持ち直す。
(ただでさえ足りなくて今追加注文中なのに、無駄にしちゃ駄目だ……)
「ね、ごめんっ。ちょっと隣の準備室に取り行くものあるから、戻るまでここお願いしていい?」
「あ、いいよ。行ってらっしゃい」
「ありがと」
近くにいた子にちょっとだけ持ち場を頼んで、みんなにバレないようそろぉ…っと準備室へ向かった。
「っ、はぁ……やばい………」
誰もいない空間で、ポツリと漏らす。
原因はなんとなく分かる。
お客さんたちから向けられる沢山の好奇の目と、慣れない作業だ。
(あんなに大勢から見られまくるの、久しぶりだからな……)
まるで入学式前のクラス掲示板や、初めての食堂の時を思い出す。
それに生徒たちにもそうなのだが、外部からの方々には特に話しかけられた。
それも代わる代わるどんどん入ってくるから、もうひっきりなしに……
(この学園あるあるだろうけど、文化祭でまで会社の挨拶する事無いだろ……)
小鳥遊の子を見るのが初めてだからなのか、とにかく会社の経営者からの挨拶が多い。
しかも名刺まで渡して来るし… 俺が両手一杯なの気づいてねぇのかよ…ったく……
俺が作業しているにもかかわらず、どんどん話しかけに来られて流石に対応に困った。
気づいたクラスのみんなが注意してくれたり止めに入ったりしてくれていたけど、みんなもそれぞれやる事があるから全てを対応出来るわけじゃない。
(俺が何回も「お席に戻ってください」っつっても全然戻ってくんなかったし……)
特に女性の方々。
何なんだよ、何人かでまとまって来ればいいと思ってんのかな?
香水の匂いとか変に高い声とかが耳に残ってて、どうしようもなく気持ち悪い。
「はぁぁぁ…どうしよ……」
(後1時間もしないうちに、レイヤと会う予定なのに)
文化祭が始まってまだ3時間ほど。
それなのに、俺の体は慣れない事でもう限界。
(これじゃ、折角「一緒に回ろう」って言ってくれてるのに、それが出来なくなっちゃう……)
多分、今の俺を見たら絶対「休むぞ」って言われる。
丁度シフトが空くのに、そんなの勿体なすぎる。
(でも、どれだけ隠しても絶対バレる…と、思う……)
ーー嫌だ。
〝ハル〟にとって最初の、参加できる行事。
〝俺〟にとって最後の、参加できる行事。
(それをこんな事で、無駄にしたくない……っ)
カラカラカラ……
「あれ、小鳥遊くん? どうしたの?」
「ぁ、お、お疲れ様っ」
「おつかれー! って、何か顔白くない? 大丈夫?」
「大丈夫だよっ、これ化粧だし」
「あぁそっか、成る程なー」
「えぇっと、確かこの辺に…あった!」とそのクラスメイトはガサゴソ自分のリュックを漁りだして、パッと紙切れを取り出した。
「? 何か取りに来たの?」
「そうなんだよねー。もうすぐ家族が来るからさ、前もって買っといた食券渡しに行こうと思ってちょっとだけ抜けて来た」
「今着いたって連絡入ってさ、渡しに行こうかと思って…じゃあね」と準備室を出て行こうとする彼を「ぁ、待って!」と止める。
「ん? どうしたの?」
「あのさっ、それ僕も一緒に付いて行っていい?」
「へ?」
(気分転換に外の空気吸ったら、ちょっとは良くなるかも)
「駄目…かな?」
「え、いや俺は別にいいけど…それだったら丸雛くんや佐古くんたちに許可貰わないとーー」
「それは大丈夫だよっ!」
「え……?」
〝小鳥遊くんは、この衣装を着たら教室の外には行かない事。何かあったらあの3人に言う事〟
あの衣装合わせの日、クラスメイトの話し合いで決まったこと。
〝ハルを守る為〟だと言われとても嬉しかったのだけど、正直今は辛い。
(この状態で3人に会ったら、絶対俺が体調悪いのがバレる)
それがレイヤや月森先輩にまで行ったら……
その瞬間、俺の文化祭1日目は終わってしまう。
しかもあの変質者が捕まってない分みんなの警戒心は高くて、俺がどれだけ「回りたい」っつっても「駄目だ」って言われそうで……
(そんなの、やだ……っ)
1日だって無駄にしたくない……
最後なんだ……俺にとっては。
ーー〝来年〟なんて、無いんだ。
だから、
「ちょっとだけでしょ? それなら別に言わなくてもいいんじゃないかな。3人とも凄く忙しそうだしっ」
「んーまぁそうだけど…でもなぁ……」
「ねっ、大丈夫だよ。だからパッと行ってこよう?」
座ってた椅子から立ち上がって、その子の元へ行き一生懸命お願いする。
「うぅ……っ、わかったよ、わかった!
じゃぁちょっとだけな。小鳥遊くんはジャージ着て。そのままだとやばいから」
「ありがとっ」
持ってきてた体育用のジャージの上服を衣装の上からパッと羽織ると
俺は、その子と一緒にそっと準備室を出たーー
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