214 / 533
2
梅谷先生から、さっき聞いていた話を共有される。
「月森、保健委員会の名簿出せるか?」
「直ぐに引っ張ってきます」
パッと身を翻して月森が教室を出て行った。
「残りは各自保健室と救護室を片っ端からあたれ。何か分かることあったら直ぐに知らせろ。いいな?」
「はい!」「あぁ」
そして、みんなも一斉に散って行った。
丸雛達1年生は、高校に入って初めての文化祭なのに悪いとは思っている。
だが、正直今はこっちを優先して欲しい。
(あいつは、何で自分から外に出たんだ……?)
ハルは馬鹿じゃない。
自分の置かれている状況をしっかりと理解していたはずだ。
それなのに、一体どうして……
「っ、くそ…!」
(この状況はマジで予想外だった……っ、何やってんだよお前は!)
取り敢えず、その疑問は本人じゃないと解決できそうにない。
もし仮にそいつが本当に保健委員で、体調の悪いハルを誰にも怪しまれずに連れて行ったのなら、恐らく行き先は保健室か救護室。
救護室の数は壮大だ。
校舎が広い為、色んな所に設置されている。
(っ、ハル……!)
どうして、体調が悪い事を俺たちに言ってくれなかったんだ?
何故、自分1人でどうにかしようと思った……?
「…やはり、俺の見えるところに閉じ込めとくべきだったか……」
甘かったのだろうか、俺が…俺たちの考えが。
「ーーっ!」
だが、今は後悔しても後の祭りだ。
「龍ヶ崎、持ってきました」
素早く準備して帰ってきた月森から資料を受け取り、一緒にパラパラと確認していく。
「おかしな名前は、あるか……?」
犯人が本当に保健委員なのかすらわからないが、もう手がかりが無い今、僅かな望みがあるものから片っ端から調べて行くしか…方法はない。
名簿を見ながら、皆んなで夜に調べ上げた時の事を思い出しつつ慎重に名前を見ていく。
「ーーん?」
ピタリ…と、ある生徒の名前で指が止まった。
「こいつ……」
「あぁ、保健室登校の1年生ですね。
何か理由があって保健室登校の許可を学園が出してるとかいう…その関係で保健委員をしているという話ですが……
ーーっ、まさか」
「ーーーーこれ、だ」
繋がらなかったピースが、どんどんハマっていく。
いくら体育大会の名簿やクラスマッチの名簿を見て探しても、おかしい人物がいないのは当たり前だった。
だってこいつは参加すらしていないのだから。
ハルと一緒に外へ出た奴は〝見たことがない顔だった〟と言っていた。
保健室登校の生徒ならば、確実に〝見たことがない〟に分類されるはず。
そして、そいつが話していたハルを連れて行った奴の容姿。
小柄な身長に、細い体つき。
ーー名簿に載ってる写真と、完全に一致する。
(俺たちは、馬鹿だった)
勝手に、犯人像をガタイがいいタチ側の人間だと思いこんでいた。
ハルはとにかく抱きたくなるような幼い容姿をしている。
背も小さく、儚げで、可愛らしい。
だから、てっきりそっち側の人間かと……
(くそ、先入観ほどあてになんねぇもんはねぇな)
やられた、まさかこんな奴が犯人とは。
「っ、俺たちも動くぞ」
「えぇ。みなさんには私が共有しておきます」
「あぁ、頼む」
そうして、騒めく文化祭の中みんなで片っ端から救護室を回り調べ上げたが、そこにハルとそいつがいることはなかった。
念の為そいつの教室にも行ってみたが、「彼は体調が優れないから文化祭参加しないって聞きましたよ」とクラスメイトに返答をもらった。
(っ、何処にいるんだハル)
やっと、犯人がわかったんだ。
なのに…どうしてお前はいないんだ……?
本当だったら、今頃はハルのシフトが終わっていて一緒に文化祭を回っていた…のに。
『わぁっ、レイヤ見てください!』
顔をキラキラさせながら「ほわぁぁ…!」としてるハルの横をゆっくり歩いて、回りたいところは全部回って見たいもの見て、食べたいもの食べて……
幸せそうに笑うお前を抱きしめて、キスをして
顔を真っ赤にして照れるお前を愛でて「好きだ」と囁いて。
そんな、そんな文化祭に…する筈だった……
なのにーー
(っ、くそ……!)
ピリリと月森のスマホが鳴った。
「はい。 えぇ…本当ですか、 分かりました」
「どうした」
「矢野元君からです。1箇所だけおかしな救護室があると。今皆んながそこに向かっています。私たちも行きましょう」
「わかった」
1階の隅に隠れるようにして存在していた、救護室の教室。
何故かそこだけ部屋中の窓が全て開け放たれていた。
「この肌寒い時期に窓全開はおかしいよなぁ」
「そうですね……」
季節はもう秋。
長袖のカーディガンなど、薄手でも何かしら羽織るものが無いと少々辛くなってくる時期。
それなのに、ここの教室は何故か窓が全開だ。
「締めれなかったのは、窓から外に出た所為なの……?」
「チッ。それだったら1箇所開けりゃぁ済む話だろ」
「って事は……」
「全て開けなければならない理由が、あったのでしょうね。 そうですね…例えば……
ーー〝換気〟とか」
「換気なぁ……強ち間違いではなさそうだな」
「…今は何の匂いも残ってないですね……もう時間が経っちゃってるのかな…ハル様……っ」
取り敢えず、何かあったのはこの部屋で間違いないようだ。
「っ、くそ……!」
もしかしたら、校舎内にはもう居ないのかもしれない。
あんな小さい体の奴が、ハルを何処かへ運んだのか……?
考えられない…が、今はどうやらその可能性が高い。
「この周辺にいる奴に聞き込みするぞ。何処かへ移動したのなら、目撃してる奴がいるはずだ」
「わかった」「はい!」
再度それぞれが散って行き、俺も周辺を見渡す。
先程月森がそれぞれに犯人の共有をした時、「念のため私は寮へ戻りその子の部屋を確認してきます。何か分かりましたら直ぐに連絡しますので」と櫻さんは寮監として瞬時に動いてくれた。
寮は櫻さんの連絡待ち、か。
寮にも居ないとなると、後は何処にいるんだ……?
(っ、ハル………)
なぁ、泣いてないか?
相当怖いだろうなぁ、今。
早く、早く行ってやりたい。
行って、震える体を抱きしめて、「もう大丈夫だ」と安心させてやりたい。
(っ、何処にいるんだよ、お前は……!)
楽しそうな文化祭のざわめきが、今だけは憎たらしい。
どうしようもない憤りを感じ、手が白くなるくらいに拳を固く握った。
ーーその時
ピリリリリリリリ!!!!
初めて聞くけたたましい音が、俺のスマホから発せられた。
ともだちにシェアしよう!