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「っ、ごめんなさぃ、私…ちょっとお手洗いに……っ」
「うん。月森、付き添ってあげて」
「かしこまりました」
片手で口を押さえながら、俯き加減で出て行くトウコさん。
(もしかして、泣いてる……?)
どうしたんだろう…今の話の中に、何かあったのかな……
カラリと出て行くのを心配そうに見ていると、マサトさんに「ふふふ」と笑われた。
「大丈夫だよ。ちょっと君のが移ったみたいだ」
「ぇ、」
「もらい泣きっていうやつかなぁ~。時期に戻って来るだろうから、大丈夫さ」
「は、はぁ……」
「クスクスッ。2人きりになってしまったなぁ」
再び御膳を摘みながら、マサトさんが楽しそうに微笑んだ。
「ーーねぇ、君」
「? はい、なんでしょうか」
「今回の婚約者の件。
龍ヶ崎の裏の目的はね、〝レイヤを変える事〟だったんだ」
「ぇ、」
「契約を結ぶ時は、必ずと言っていいほど裏と表…本音と建前と言うものを各々持っているものだ。君も、そう両親教えられただろう?」
確かに、そう両親に教えられた。
今回の契約の裏と表。
表は〝小鳥遊と龍ヶ崎の業務提携の為〟というこの世界あるあるのようなものだったけど…
(ってか、裏の目的って基本的に言っちゃダメだよな)
チラリとマサトさんにを見ると、とても楽しそうに笑っている。
「クスッ、いいんだよ。元々君には言うつもりだったんだ。
こちら側の裏目的は、うちの息子を変える事…あわよくば心を貰えたらなと思っていた。
でも、それはもう叶ったよ。十分すぎるくらいに」
カタン、と箸が置かれた。
「やはり、私の目に狂いはなかった。この目的の為に小鳥遊を選んで本当に良かったよ。きっとレイヤは、君じゃなきゃああならなかった筈だからね。
本当に感謝している、龍ヶ崎の社長として…レイヤの父として、礼を言おう。ーー有難う」
「っ、いえいえ、そんな……」
「小鳥遊の裏の目的も、叶いそうかい?」
「ぇ、と…」
(これって、小鳥遊側の裏目的も…言わなきゃ駄目……?)
小鳥遊の裏の目的は、〝ハルが安心して過ごせるような未来〟。
ハルが安全に、かつ安心してこれから先を過ごしていくには、龍ヶ崎が非常に適正であった。
だから、小鳥遊は今回の契約に応じた。
こんな事、言えるはずがない。
言ったら…即バレる。
(ど、しよ……)
「あははっ、別に聞きたいわけじゃないんだ。ただ、こちらだけが叶うのは心許ないからね。
良かったら〝はい〟か〝いいえ〟でも答えてくれたら嬉しいかな」
「ぇ、」
(いいの…?)
恐る恐る顔を見ると、コクンと頷かれた。
「……っ、はい。叶いそう、です」
〝叶いそう〟
レイヤはハルをとても大切にしてくれる。
だから、それがハルの安心できる未来へ繋がると思う。
(きっと、ハルは幸せになれる)
そう、強く思う。
だってレイヤが隣にいてくれるのだから。
「ーー叶いそう、か… そうか、それは良かった」
にこりと目の前の顔が微笑む。
「これからもよろしくね。
レイヤの事も、よろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたしますっ。」
「クスクス、勿論だよ。
いやぁそれにしてもこんなに可愛い息子が出来たのか!嬉しいなぁーやっぱりパパって呼んでほしいなぁー」
「ぇ、」
「ねぇ君、パパって呼ばない?駄目かな?うーん一回だけでも呼んでほしいなぁ」
「ちょ、ちょっと」
座椅子を離れて、マサトさんがジリジリとこちら側に迫ってくる。
「どうかなー呼んでみようよー?」
「ぃ、いやっ、あの…だ、駄目でsーー」
カラリ
「帰ったぞ。ったく…ここまで長時間座らされるとは思わなk………」
「あ、」
「わぁ、タイミング」
「親父……何やってんだ………?」
「いやぁ、ハルくんに何とかパパと呼ばせたくてねぇ、迫っていたんだけど」
「…ハル、お前泣いたのか……?」
「へ、」
(た、確かにさっきまでは泣いてしまったけど…)
「ほぉ………」
「っ、でもこれは今の涙じゃなくて、そのーー」
「何があったか説明してもらおうか?親父」
「あははは、うーん。それは難しいなぁ」
「っ、てめぇ……!」
「ぁ、待ってレイヤ落ち着いて!」
「あぁ!? お前親父の肩を持つのか!」
「いやぁハルくんは優しいなぁ。本当にいい子だなぁ」
「親父…!!」
カラリ
「ただいま~……って、あら」
「これは…」
「お袋、月森!さっきまで何があったんだ!」
「んー? んーそうねぇ……世間話?」
「世間話ですね」
「なっ!」
「っ、ふふふふ」
「……おいハル、笑うな…」
「だってレイヤのその顔…っ、あはははっ!」
「はぁ!?」
(本当、面白い人たちだなぁ……)
龍ヶ崎の暖かさに触れて、本当に楽しく過ごすことができた。
「今日は楽しかったわ、ハルくん。有難う」
「いえっ、こちらこそ凄く楽しかったです。ご飯までご馳走になってしまって……」
「クスッ、それくらいいいのよ。
………ねぇ?」
「? はい」
「抱きしめても、いいかしら?」
「ぇ、」
不安げに見つめられて、思わずどうぞと腕を広げる。
途端、ふわりと優しい体温に包まれた。
「体に気をつけてね」
「はい」
「仲直りは絶対にできるから、大丈夫よ」
「は、はいっ」
「また、会いましょうね」
「ーーっ、はぃ」
(あぁ、あったかい)
母の温もりって、こんな感じなのだろうか?
安心できて、何だか眠くなってしまうような…そんな感覚。
「ハルくん!私ともハグしようか!」
「お前はだ・め・だ」
「えぇーもう、レイヤはケチだなぁ」
「なっ、お前なぁ!!」
「っ、あはははっ」
そのままわいわい車に乗っていくのを見送って、
学園の門をくぐった。
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