269 / 533
2
【side ミナト・タイラ】
「わぁ、月森先輩とタイラだ!おはようございますっ」
「おはよータイラちゃん!先輩!」
「おはようございます」
「おはようございますハル様、皆さん」
「おはようございますっ!」
昨日のことが気がかりで、タイラと共に寮のロビーでハル様を待ち構えていた。
遠目でこちらに気づいて大きく手を振ってださるハル様は、いつもと変わらない様子でやや安心する。
「先輩たちもハルを心配してですかっ?」
「えぇ。丸雛くんたちもどうやら同じようですね」
「そうなんです!朝からドア前に待ち伏せちゃいました」
「クスクスッ、そうですか。
ーーハル様、お変わりないですか?」
家の事に首を突っ込むのは、厳禁。
ハル様の月森になったはいいが、まだ学生の身分ということもありそういった部分は厳しく線引きされている。
(一見元気そうに見えるが、本当に何も無かったのだろうか……?)
いや、あんなに急にハル様が屋敷へ呼ばれるのは初めてのことだった、何も無いはずがない。
少しだけ慎重に訊いてみる、と
「はいっ。心配してくださって有難うございます先輩」
返ってきたのは、いつもの柔らかい笑顔と声色。
ーーだが、
「…………っ?」
ドクリと、心臓が嫌な音を立てた。
(何だ、これは…)
言いようのない、〝不安〟のような〝焦燥〟のような……
心臓が変に速く動き始めて、思わず目の前のハル様を凝視してしまう。
(なんなんだ…どうして私は、こんな感情になっている?)
今、目の前にいるのは完全にハル様だ。
どこもお変わりないハル様。
それなのに、
ーー〝まるでハル様ではないように感じる〟この違和感は、一体何だ……?
チラリと隣を見ると、同じく「?」を頭に浮かべているタイラと目が合う。
ハル様と一緒にいる3人を見ても、逆にその目は私へ向けられていて、皆んなが一様に〝何かしらの違和感〟を感じていることが分かった。
(何だ、何なんだ……?)
私だけではない、皆んな感じている…?
無意識に、片手でハル様の頬をスルリとゆっくり撫でた。
「…先輩?」
ハル様に呼びかけられるが、それに答える余裕は、無い。
(何なんだ、一体………)
私は、どうしてこんなにも焦っている?
(私は……)
ーー私は何を、見落としているんだ……?
「…っ、あの、ハル様」
「?」
この違和感を、どう言葉にすれば良いのか分からない。
でも、月森としての何かが「訊け」と言っているようで。
「……あの…〝貴方〟は、一体 ーーーー」
「ようお前ら。朝から揃いに揃ってんなぁ」
「お早うございます、皆さん」
だが、その声は第三者によって掻き消された。
【side 梅谷・櫻】
昨日背中を押して帰らせた小鳥遊が気になって、寮監室で待って頃合いを見てロビーに出た。
タイミングよく、しかも揃いに揃ってあいつらが話をしていて、思わず笑ってしまう。
「あ、おはようございますっ、梅谷先生、櫻さん」
「先生、おはようございます」
「おはよー梅ちゃん先生!櫻ちゃん!!」
「おはようございます」
「あぁ、おはよう。相変わらず仲良いなぁ」
「……? 月森くん?どうされましたか?」
「ぁ、いいえ何でもありません。すみません櫻さん」
動きが止まっている月森に声をかけると、一瞬まるで〝狐につままれた〟ような顔をしてこちらを見た。
だが、直ぐにいつもの雰囲気へと戻る。
(? まぁいいか)
「小鳥遊。昨日は大丈夫だったか?」
「はい、大丈夫です。気にかけてくださって有難うございますっ」
「ま、俺の生徒だからな」
「ふふ、お変わりないようで良かったです」
「はいっ、有難うございます」
いつも通り、何もない会話。
連れて帰られた小鳥遊も元気そうに笑っていて、安心する。
なのに、
「「…………?」」
気がついたら、2人で小鳥遊の頭を撫でてしまっていた。
(あれ?何でだ?)
(どうしてでしょう…なんだか)
ーー〝無意識〟に、手が伸びてしまった。
自分で自分の行動が分からないなんて、おかしすぎる。
だが、本当に無意識すぎて、意味がわからない。
一体どうして…それも2人同時に……?
訳が分からない。
でも、でも何故か、〝笑っている小鳥遊〟を見て
ーーーー頭を撫でてあげないといけない、気がした。
「ちょっ、梅谷先生、櫻さんっ」
「ぁ、わり」
「っ、すいません小鳥遊くん」
パッと手を離すが、既に時遅し。
2人分の手に頭を撫でられ、小鳥遊の髪はぐしゃぐしゃになってしまっていて。
「わーハルの髪爆発しちゃった!おれ直したげるね!」
「ハル様!僕も直したいです!」
「えっ、タイラに直されるともっとぐしゃってなっちゃいそう」
「そんなぁ……っ!」
「クスクスッ、嘘だよっ。ほら、直して?」
「っ、はい!」
わいわいと盛り上がるあいつらに、それを優しく見守る月森たちがいて。
(いつもと、変わりねぇ…か)
やはり、何でもなかった。
「ほら、そろそろ登校の時間ですよ。」
「本当だ!行きましょうハル様!」
「うんっ、行ってきます櫻さん」
「櫻ちゃんまたねー!」
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。梅ちゃん先生も、一緒に行ってらっしゃい」
「っ、お前な……」
「クスクスクスッ」
そうして、皆んなが楽しく登校していくのを見送ったーー
ともだちにシェアしよう!