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side梅谷・櫻: 俺たちの憶測
「………どう思う櫻?」
「…そう、ですね………」
昼休憩の時間。
いつものように櫻のいる寮監室へ行って休憩するが、話はもっぱら小鳥遊についてだ。
「母がアキを嫌ってる、か……」
「そこが解決できれば全て整うかとは思うんですが…」
「そこがわからないんじゃな…」
「書類を見ても、飲んでる薬を見ても分からなかった」とハルは言っていた。
「確か、お父様が守ってらっしゃるのでしたよね」
「そう言ってたな…父親には月森も付いてるし、そりゃ見つかんねぇか……」
多分、守りは完璧なんだろう.
「そうですね…でも、ひとつ言えることは……
ーー〝アキ〟くんは、一種の〝ネグレクト〟を受けていたということですね」
「そうだな……」
〝ネグレクト〟
それは、親が自分の子どもを養育しないことを指す。
育児放棄や無視など多岐にわたる事項があるが、恐らくアキは母親にそういった類いのものを受けていたんじゃないかと考えられる。
「……きっと、SOSを発してたのでしょうね、アキくんは」
ネグレクトを受けてきた子は、その環境がその子の当たり前となって育っていく。
その当たり前は、当然他の子たちとはズレていて……
その際、周りの大人や先生たちがそのズレや違和感に気づくのだ。
そのズレや違和感の事を〝無意識のSOS〟と、教育業界では言う。
(アキにだって、きっと周りとのズレが沢山あったはずだ…なのに……)
アキがハルを演じるがあまり、気づく事が出来なかった。
もしくはあいつが初めての学園だったという事もあり、その戸惑いもあってかSOSのサインが埋もれてしまったのだろう。
(あぁ、やられたな………)
教師として、失格だと思う。
「……ねぇ、シュント」
「…? なんだケイスケ」
まだ学校の時間なのに既に名前呼びになってしまった櫻を、不思議そうに見た。
「私、初めて小鳥遊くんに会った時、人肌に慣れていない野良猫のようだと思ったんです」
頭を撫でれば擦り寄られ、両手で頬を包めば「暖かい」と言うように目をつぶられた。
「思えば…あれは彼にとっての〝無意識のSOS〟だったんじゃ…ないのかと……っ」
「ケイスケ」
震え始める腕を引いて、自分の方へ抱き寄せた。
「あの時…一番初めに出会ったあの時っ、私が気づいていれば……」
「んな自分を責めんな。もう過ぎ去った事だ、しょうがない。
それに、初対面で見破られちゃぁアキも直ぐに屋敷へ帰らされただろう」
「っ、でも」
「それより、これからの事の方がずっと重要だろうが」
「こ、れからの…こと?」
「そうだ」
過去は、いつでも振り返られる。
だって過ぎ去った事だから。
そのかわり、未来は振り返れない。
だってまだ過ぎ去っていないし、今の自分たちの頑張り次第でいくらでも変えられる可能性を秘めているから。
「だから、反省会は後。
取り敢えず〝今〟を精一杯努力するしかねぇ」
「ーーっ、ふふ、やっぱり貴方は教師ですね」
「は? お前だって先生だろうが」
「専科とそれ以外の職員は違いますよ。貴方は教壇に立つべき人です」
いつもいつも、貴方はまるで太陽のように自分を明るく照らしてくれて…進む道を教えてくれる。
そんなところに、私は惹かれたのだ。
「シュントは、当然ハルくんを手助けするのでしょう?」
「当たり前だ。俺はあいつの担任だ。そんな事聞かれるまでもない。
それにうちのクラスの生徒が1人行方不明なんだ。救出してやらねぇわけにはいかねぇだろ」
「っ、そうですね」
俺たちは、あの中では唯一の大人だ。
あの子たちのサポートをしつつ、しっかりと守っていけばいい。
「ハルくんとアキくんが2人で並んだら、きっとそれはそれは可愛らしいでしょうね」
「だなぁ…どんな感覚なんだろうな。全く想像がつかねぇ」
「ふふふ、楽しみですね、シュント」
「そうだな、ケイスケ」
昼休みの陽だまりが入り込む寮監室で、柔らかい笑い声が2つ。
楽しげに響いていたーー
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