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sideアキ: それは、まるでお守りのような
「小鳥遊、次体育だから着替えようぜ!」
「あぁ」
転入して来て、早3日。
ぱっと見で「いいクラス」だと思ったけど、ここはやっぱいいクラスで。
(学校は最高なんだよなぁ……)
〝家〟は………
(まぁ、家もある意味らく…か?)
一緒に住んでるあの老夫婦は、どうやら俺の事が怖いらしい。
だから俺には極力近づいて来ないし、話しかけられる事もない。
一緒に住んでるけど、ただの形だけの存在だ。
(怖いというか恐れられてるというか…こう、何かの幽霊的な………)
まぁ、小鳥遊からハルは双子って事すら知らされてないくらい遠い親戚だしな。
そこにいきなりハルそっくりの俺が現れたら、そりゃ怖いか。
(しかも俺ずっと小鳥遊に隠されてたもんな。そりゃ何かの幽霊にでもなりそう……?)
『ーー気味が悪いわっ』
「っ、」
でもさ、流石に〝気味が悪い〟は言い過ぎじゃね?
ねぇ? 「 」。
(………ははっ、俺誰に呼びかけたんだろ、今)
「ねぇ、体育って何するの?」
「ん~とな、今はサッカーだな」
「サッカー……」
「ま、もう冬が近いしな。みんなでグラウンドで体を動かしましょうー的な」
「いやまじ余計な気遣いだよな」
「本当それ、せめて体育館でバドミントンとかのがまだ良かった」
「なんでこの季節にサッカーしろって決めてんの? いじめなの?」
わいわい話しながら体育着に着替えてくクラスメイト達。女子は別の教室に行った。
(体育、か……)
俺、何気に受けるの初めてだよな。
今までずっと体育中は、あの生徒会室にいたから……
『おう、お疲れ、ハル』
来なくていいのにいつも俺よりも先に来て、席に着いてて。
いつもそうやって優しく笑いながら、
俺を、出迎えてくれてーー
「っ、」
(駄目だっ)
ぶんぶん頭を振って、頭の中を空っぽにした。
ふとした瞬間に、これまで一緒に過ごしてきた人たちがついつい頭に浮かんでしまう。
その度に目をギュッと瞑って、記憶から追い出すようにして…消してる。
(俺は、空っぽなんだ)
そう、俺は空っぽ。
みんなは俺の事をずっとハルだと思ってたし、誰1人として俺なんか知らない。
おまけにハルとも喧嘩したまま別れてしまって、俺はもうきっとハルの中にも居場所は無いんだと思う。
(あーぁ、変なの)
ここへ来てから、時間が過ぎるのをただただぼーっと感じてる。
勉強は難しくなから授業中は上の空だし、クラスメイトとの会話の内容も…ぼんやりしてて実はあんまり覚えてない。
(俺、もうずっとずっと…こうやって生きていくのかな…)
これから先の途方も無いくらい長い人生を、こうして1人で生きていくのかな……
「ーーし? たかなし、小鳥遊!!」
「っ!な、なにっ?」
ガクガク身体を揺さぶられ、びっくりする。
「おい、ぼーっとしてんなよっ、大丈夫か?」
「ぁ、うん、だいじょうbーー」
「それよりさ!!」
「………ん?」
(「それより」って、聞いて来たのお前だろ……)
両肩を掴まれたままガバッ!と前のめりに顔を近づけられる。
「お前、やっぱ彼女いんじゃん!!」
「ーーぇ?」
(は? 俺に彼女?)
またその話?
もう何回も聞かれたけどそんなのいないし、先ず俺男子校だったし。
「だから、そんなのいないってーー」
「いやいや、お前首んとこ付いてんぞ。
〝キスマーク〟」
「ーーーーは?」
「ちょ、嘘だろまじ!?」「俺にも見せろっ」とわらわら集まって来た奴らに囲まれる。
「いや、これは見つけらんねぇわ。俺もさっきお前がカーディガン脱いだ時たまたまチラッと見えて気づいたくれぇだもん」
「いやぁでも大分薄くなってっけどな。 ほら、ここ」
とスマホのカメラ機能まで使って丁寧に教えてくれたのは、
ーー丁度右耳の、付け根あたりの場所。
「っ、ぁ…………」
『ん、』
『……? どうかしましたか?』
『いや、別に ……ちょっと動くなよ?』
『ーーっ、なに?』
(あの時の、あれは…もしか、して………)
「お前丁度耳が邪魔で見えねぇだろ。いやぁ、これは付けた奴にしか見えねぇやつだわ」
「それだな、付けれて満足的な」
「やば、小鳥遊の彼女超絶束縛系じゃね? 怖そう」
「絶対ぇ浮気防止のやつだろこれっ」
「あーぁ、小鳥遊のこと狙ってる女子結構いたのにな。これは全員フラれたわ」
「愛されてんなー小鳥遊!」
『ん、これでよし。
ん? まぁ……んな大したもんじゃねぇよ』
(ーーーーっ、)
「…………ちょ、小鳥遊……?」
「お、おいっ、大丈夫か?」
「ん、なにが?」
「お前………泣いてるぞ?」
「ーーぇ?」
頬を触ると、濡れてる感触。
(ぁ、嘘、)
俺、泣いてんの……?
「~~~~っ!」
自覚したら…もう、それは止まらなくなってしまって。
「っ、ごめ…俺、何か変みたい、保健室行くからっ」
「お、おう!」
「先生には言っとくわ!」
心配そうな声を背中で受け止めながら、一目散に保健室まで駆けていった。
保健室には誰も居なくて、そのまま近くのベッドに潜り込んで
シーツにくるまって、キスマークが付いている部分をぎゅうぅっと強く両手で抑える。
(っ、馬鹿レイヤ!)
なんで、こんなの残してんだ。
馬鹿じゃないの?
俺付けちゃダメってあんなに言ったのに……
なのに、なのにーー
「っ、うぇぇ…、ひっ」
(ーー〝嬉しい〟なんて、場違いにも程がある)
薄くなってる、今にも消えそうな跡。
それが、こんなにも嬉しい。
(あぁ…やっぱ、無理だよ)
俺は、みんなを忘れることなんか……できない。
だって、こんなに輝いてるんだもん。
もう空っぽの体のはずなのに、みんなとの思い出だけは…ちゃんと残ってる。
ねぇ、時々…本当にちょっとだけでいいから
俺、みんなのこと思い出してもいいかなぁ……?
「ーーっ、ぅえぇ…っ」
(会いたい、会いたいよっ)
でも、俺が会いに行ったら。
今までハルとして積み上げて来たものが、全て壊れてしまうことを知ってる。
だから、
(離れてしまったけれど、俺はハルのことを…レイヤのことを…みんなのことを、想ってる)
みんなと過ごしたこの半年間の記憶。
みんなの記憶の中にはハルとしての俺がいるけれど、でも俺の記憶の中には……俺とみんながいるんだ。
この楽しかったたくさんの記憶たち。
これだけで……俺、ずぅっとずっと生きていけそうだ。
「っ、あははっ」
なんだ、あんなに悩んでいたのに
驚くほど簡単に感情の転換ができた。
目を閉じるとみんなの顔が次々と浮かんで来て、一緒に過ごした記憶がどんどん溢れて来て。
そのまま、その記憶に潜るようにして、
スゥッと眠りについたーー
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