287 / 533

3

バタンと会場の扉を開くと、小鳥遊夫妻はまだ人に囲まれていた。 (ふむ、まだ忙しかったか…人気だなぁ) 『トウコ、大丈夫かい?』 『えぇ。ドレス、汚れてるかしら?』 『軽く叩いたら土が落ちたからね、心配ないよ』 『良かった……』 ホッと息を吐く彼女は、笑顔で隠しているもののその本心は『あの子の事が心配でたまらない』といった様子だった。 庭の中へ、再び消えていってしまったな。 どうか、泣いていないといいのだが…… 会場から庭が見える大きな窓の方へと目を向けて。 『…トウコ、あちらへ行ってみようか』 『え? ぁ……』 その窓の外を静かに見つめる、小さな背中を見つけた。 『こんばんは、ハルくん』 『こんばんは』 『っ、ぁ、こんばんわ……』 驚かせないよう優しく話しかけたのだが、案の定驚かせてしまって苦笑する。 『びっくりさせてごめんね。おじさんたちも一緒に外を見ていいかい?』 『…うん、どうぞ』 『ありがとう』 改めてこの子を見ると、先程庭で会った子に本当によく似ていて。 (やはり、双子で間違いないか) チラリとトウコと目線を合わせ、他の人には聞こえないよう声のボリュームを落としながら話しかけた。 『ねぇ、ハルくん。昨日はお熱があったみたいだね』 『……ぇ?』 『こんなに窓の近くにいたら、また体が冷えてしまうんじゃないかしら。何か温かいものを貰ってきましょうか?』 『ぁ、ぁの…どうしてしってるの?』 『クスクスッ。うーん、そうだなぁ…… ーー〝子猫〟に、教えてもらったんだ』 〝子猫〟 名前を聞く時間すらなかったから、あの子の名前はわからない。 だが、あの子の雰囲気は…なんだか小さな子猫のように可愛かった。 『私たち、さっきまであの庭にいたの。あまりにも花が綺麗で少しだけ見せて貰ったわ。そうしたらね、可愛らしい子猫に会ったのよ』 『その子が言っていた。〝ハルは昨日熱があったから、今も無理してないか心配〟だと』 『〝きつかったらベッドに行ってね〟って言ってたわ』 先程託された伝言を優しく伝える、と。 『~~っ、そ、なんだぁ……』 クシャリと顔を歪めながら、幼い顔が俯いた。 ポツリ 『ね、そのこはないてなかった?』 『そうだね…ひとりで遊んでいたよ。泣いてはいなかったかな』 『そ、かぁ……よかった…』 顔をあげたハルくんは、泣きそうになりながらそれでも笑っていて。 『こねこ、かぜひいてないかなぁ……』 『子猫の事が心配だ』と言うように、再び窓の外へ視線を向けた。 (………素晴らしいな) この子は、まだ齢3歳程だ。 それなのに比喩の表現を知っており、尚且つそれに合わせて話をする事ができている。 (子猫が何の例えなのか、瞬時に理解したのか…) そしてその子の名前を子猫に置き換えて、他に怪しまれないよう私たちと話をしてくれている。 (頭がいい、な) この子はとても利口だ。 恐らく先程庭にいた子も、同じくらい頭が良いのだろう。 『いっつもね、ぼくのしんぱいばっかりしてくれるの』 ポツリポツリと、小さな声が話す。 『でもね、ぼくはそのこのほうがずぅっとずっとしんぱいで…たいせつで…… いまも、こんなにまっくらなのに、けがしてないかなって…』 きゅぅっと口を歪ませながら窓に両手を付けて眺めるその姿に、先程あの子と話した時みたいに酷く胸が締め付けられた。 『その子の所へ、行きたいのかい?』 『ぅん、いきたい……っ』 『子猫の事が大好きなのね。ハルくんは』 『っ、ぅん、だいすきなの』 大好きで、大切で、大事で、心配で。 もうどうしようもないのだと言うふうに、目に涙を浮かべながら苦しそうな声を漏らした。 (あぁ、この子たちは) 庭にいた子も、自分より兄弟の方が心配だと屋敷の方を見て。 ハルくんもまた、こんな暗い中ひとりでいる兄弟が心配だと庭の方を見て。 (本当に、よく似ている) 切ないほどに綺麗な…兄弟愛だった。 『……ねぇ』 『? なぁに?』 『どうして、君たちはーー』 『ハル』 聞こうとした、その言葉は しかし再び第三者の声によって遮られた。

ともだちにシェアしよう!