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『ぁ、おとうさま、おかあさま』
『ハル、突然いなくなるからびっくりしたわ。ここに居たのね』
『ぅんっ、そうだよ。
あのね、おじさんたちがお話してくれてたの!』
さっきまでの雰囲気をパッと隠して、ハルくんが楽しそうに話す。
『まぁそうだったの。どうもすみません。何か粗相はありませんでしたしょうか』
『ふふふ、何もありませんでしたよ夫人。とてもお利口さんでした。ねぇハルくん』
『うん、おりこーさんしてた!』
『そうか、それは偉かったね』
フワリと、小鳥遊社長がハルを抱き上げた。
『ん、少し体が熱いかな。また熱が上がってしまっただろうか』
『まぁ本当に?』
夫人へハルを抱き渡すと、夫人の顔が曇る。
『あら、本当だわ。少し無理をしすぎちゃったみたいね。あなた、ハルを寝かせてきてもいいかしら……?』
『あぁ、構わないよ。行っておいでフユミ。月森、一緒に着いて行ってあげて』
『かしこまりした、社長』
『ありがとう。ハル、お父様におやすみなさいして?』
『ぅんっ。おやすみなさい、おとうさま』
『おやすみハル。ゆっくりお眠り』
よしよしと社長の手がハルくんの頭を撫で、夫人が月森に付き添われゆっくりと会場を出て行く。
その際、チラリとハルくんと目があった。
安心させるように笑って小さく頷いてみせると、ふにゃりと微笑んでくれる。
(大丈夫、言わないよ)
言うわけながない。
君たちが大切に守っているものを、決して壊しはしない。
だがーー
『お久しぶりです小鳥遊社長。ビジネス以外の場では初めてお会いいたしますね』
『そうですね、龍ヶ崎社長。夫人も。本日は足をお運びいただき有難うございます』
『こちらこそ、お招きいただき有難うございます』
握手を交わし合い、互いに外面で微笑む。
(少しだけ、探らせていただこう)
小鳥遊社長も頭は切れるほうだとは思うが、あいにく私も切れるほうだ。
ほぼほぼ同い年の、同じく社長の座に就き会社を革新させた者。
互いに月森も付けていて、彼らの関係も良きライバル同士であったと聞いている。
(私たちもまた、似てるのだろうか?)
ゆっくりとトウコが身を引き、私の後ろに着いた。
『とても可愛らしいお子さんですね。ハルくんの体調不良に気づくことができず申し訳なかった』
『いいえ良いのです。ハルは生まれつき身体が弱いのですが、どうもそれを我慢してしまう癖がありまして…』
『クスッ、きっと貴方の手を煩わせたくないのでしょう』
『子どもなのだから、そこまで気を使わなくていいのになぁ』
『うちの子も体調を崩す度にバレないようにとコソコソしていますよ。まぁあれの場合は、苦い薬を飲みたくないだけなのでしょうが』
『クスクス、可愛いものじゃないですか。そうですね、確か同い年くらいのお子さんがいらっしゃいましたね。名前は……レイヤくん、だったかな…』
『そうですレイヤです。うちの子まで覚えてくださってるとは、流石の小鳥遊社長だ』
『いやいや、龍ヶ崎社長こそですよ。貴方とは一度ちゃんと話をしてみたかったのです』
『本当ですか、それは光栄です。私も貴方とは話をしてみたかった』
ニヤリと、互いに笑みが浮かぶ。
(あぁ、似てるかもしれないな)
学生時代に、もし同じ学び舎だったのなら…
恐らくいいライバル同士にでもなっていたかもしれない。
『貴方が就任されてから、随分と龍ヶ崎は変わった。一体どのような〝信念〟があってあそこまで?』
(〝信念〟か……成る程)
『そうですね。知っているかとは思いますが、私は龍ヶ崎家の分家の…それも次男坊だ。当時は別の企業が家具業界のシェアを独占していて、そこのやり方が気に食わなかったんです。それならば、端くれなりにも龍ヶ崎の家に生まれたのだし、私が社長となってそのシェアを奪おうと』
やり方ではなく信念を聞くあたり、流石実力を持っていると思う。
やり方等は考えれば幾らでも出てくる、周りの社員に聞けばもっと沢山の視点からの意見が貰える
だが、信念は……
その心根だけは、誰にもどうにもできない。
自分自身の気持ちのみでしか、それを持つことはできないものだ。
『私の信念はそのまま龍ヶ崎の会社の方針となりました。〝夢のある家具をリーズナブルな値段で作りたい〟それは矛盾だらけで不可能と思われた。だがーー』
優しく笑みを浮かべながら、後ろにそっと寄り添うトウコの腕を取った。
『彼女が、支えてくれたのです。
彼女がいたからこそ不可能は可能となり、今の私と今の会社がある』
ハッと目を見開く目の前の顔と、後ろで小さく息を呑む愛しい声。
『そうですか。夫人が社長を支えていたのですね……
ーーあぁ、やはり我々はよく似ている』
『え?』
ゆっくりと笑みを浮かべる小鳥遊社長を、同じくゆっくりと見返した。
『龍ヶ崎社長。このような言葉をご存知ですか?
ーーーー〝愛〟は、人を変える』
『っ!?』
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