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その7: 熱の話

--------------------------------------------------------- ◯リクエスト アキが熱を出してしまう話を --------------------------------------------------------- ※雷の話と同じ後夜祭後の時間線です。 【side アキ】 (あーなんか、やっぱこれやばいかも……) 今日の朝、微かに感じた頭痛。 ちょっとくらい大丈夫だろうとそのまま過ごしていたら、ガンガン痛み出してしまった。 (頭いたいしぼーっとするし、何か寒気までして来た…) いつもと同じ服装のはずなのにな、なんでだろう? どうしよう…これ多分誰かに言った方がいいやつだ。 でもーー 「…ール、ハルっ、ハル?」 「っ、わ、なに?」 「もー次移動教室だよ? 後1限で終わりでしょ? 何ぼーっとしてるの?」 「ぁ、そっか、ごめんイロハ」 「ハル、少し顔赤くないか?」 「えっ、そうかな……」 「そう言われればそうかも……ハル、もしかして体調悪い?」 「そんな事ないよっ、大丈夫だから!ほら、最後の教室行こうyーー」 足に力を入れて立とうとして。 「「ハルっ!」」 力が入らずにふらつく俺を、佐古が支えてくれた。 「あ、れ…?」 「……体が熱いな」 「嘘っ!ハルちょっとおでこ触るからね!」 イロハのひんやりとした手が触りと添えられて、凄く気持ちいい。 「あっつい!熱あるよこれ!!」 「取り敢えず保健室に行こう」 「俺が運ぶ」 「へ? ーーわぁっ、ぇ、ちょ」 グイッといつかのように佐古に横抱きにされ、有無を言わさず保健室へと運ばれてしまった…… 「ねぇ、これって会長たちに報告してた方がいいよね?」 「そうだな。ハルに関わる事だし連絡しとくか」 「38度…高いなぁ……」 「ここに残る」と言い始めた佐古を何とか教室に戻し、保険医の指示を仰ぐ。 「うーん、普通だったら家の人に報告しないといけない温度だな……君の場合はお抱えの医者がいるだろうし、一度屋敷へ戻るかい? 連絡をしよう」 「っ、待ってください!」 「?」 「ぁ、の…えと、もともと体が弱いので熱なんか日常茶飯事だったので、だから大丈夫ですからっ、その……」 屋敷に連絡が入ったら、俺がハルって事になってるしすぐ迎えが来るだろう。 (両親に〝使えない子〟って、思われたくない…) 「こんな簡単に熱を出して、満足にハルの変わりもできないの?何のための貴方なの?」って、怒られたくない。 ハルも絶対心配する。 両親の反対を押し切って俺の部屋に入って来るはずだ。 「アキ大丈夫!?辛いね」って頭を撫でて手を握ってくれるはず。 そんなハルに、もし熱が移ってしまったら……? ハルの場合は本当に体が弱い分大惨事になる。 上がった熱のせいで他のところも悪くなるかもしれない。 そんなの、絶対嫌だ。 ハルが苦しそうに頑張ってるのを、もう見たくない。 だから、 「家に連絡は、しないでください」 運ばれてベッドに寝かされてから本格的にキツくなってきたが、それでも真っ直ぐに保険医と話をする。 「っ、わ、分かったよ……」 受話器を置くのが見えて、ホッと体の力を抜いた。 ガラッ! 「ハル、いるか」 「レイ、ヤ…?」 (何でここに……?) 「丸雛たちが連絡をくれた」 ツカツカ俺が寝ているベッドまで近寄ってきて、おでこに手を当てられる。 「熱いな……何度だ?」 「っ、ぇ…と……」 「正直に言え」 「………さ、38度…」 「高いな」 眉間にシワが寄り、そのまま頬を優しく撫でられる。 冷たい手が気持ちよくて思わず擦り寄ると、よしよしと頭を撫でられた。 「先生。診断結果はただの風邪ですか?」 「あぁ、そうだよ」 「こいつの家へ連絡は」 「いつものことだから、しなくてもいいと……」 「……そうですか」 ぼーっと会話を聞いてると、支えるように首の下と足の下に腕を入れられてゆっくりとベッドからだされ横抱きにされる。 「へ………?」 「俺の部屋に帰るぞ、いいな」 「ぇ、そんなっ、レイヤ授業は……」 「どうせ後1限で終わるんだ、別にいい」 保険医に許可を貰い、抱えられたまま保健室を後にした。 あまり俺を揺さぶらないよう静かに歩いてくれるのが伝わってきて、肩の力を抜く。 「お前、今日はいつから気分悪かったんだ?」 「…今日の、朝から……」 「我慢のしすぎ」 「はぁぁぁ…」と大きなため息を吐かれる。 「どうせいつものことだからって、心配かけたくなかったのか?」 「っ、ぅん…」 「そうか。ったく……こういうのには慣れんじゃねぇ。キツかったら他人を頼れ、いいな」 「は、はぃ…」 本気で心配してくれてることに、胸がキュゥッとなる。 「俺が迎えに行ってる間に月森が色々買ってきてくれるらしい。あいつの事だから、多分もう部屋の前にーー」 「ハル様、龍ヶ崎」 紙袋を持った月森先輩が、レイヤのドア前に立っていた。 「ハル様、おでこに手を当てても?」 「どう、ぞ…」 「……熱いですね」 レイヤと同じく、眉間にシワが寄る綺麗な顔。 「何度あったんですか?」 「38度だそうだ。もしかしたらまた上がってるかもしれねぇ」 「38…小鳥遊への連絡は」 「こいつが拒否った。 〝いつものことだから〟だとよ」 「そう、ですか……」 よしよしと頬を撫でられて「ハル様」と呼ばれる。 「あまり、痛みに慣れませぬように。痛かったら〝痛い〟と仰ってくださいね。少しづつでいいですから」 「っ、ありがとう…ご、ざいます……」 「寒いですね。早く龍ヶ崎の部屋の中へ。 龍ヶ崎、一応一般的なものを買ってきました。他にも何か必要なものがあれば、すぐに連絡を」 「あぁ、分かった」 部屋に入り、月森先輩が買ってきてくれた部屋着に着替えさせられゆっくりとベッドに寝かされた。 「一応もっかい熱測るからな」と体温計を腕に差し込まれる。 その温度は、 「39……上がってんなぁ本当にただの熱かよ」 ため息を吐くレイヤの服をキュッと引っ張る。 「だい、じょうぶだから…ほんとに、だいじょぶ」 (だから、) 「レイヤも、ゆっくりしてて……?」 ここにいると、移してしまう。 だからリビングとかに行ってくつろいでてほしい。 俺は、1人でも大丈夫。 だって、今までもずっとそうだったから。 熱があっても両親は来てくれなくて、ハルも移ったら大変だからって来ることを禁止されていて。 (今までもずっと1人でどうにかしてきたから、だから、) 「は?何言ってんだ嫌に決まってんだろ」 「……へ?」 寝ている俺の隣にレイヤが潜り込んできた。 そのまま、ぎゅぅっと抱きしめられる。 「移せるなら俺に移せ。俺がその風邪どうにかしてやるから」 「っ、」 「今は取り敢えず寝ろ。他人の事は考えんな。ったく…こんな時くらい自分の心配しとけ」 背中に添えられた手が、ポンポンと優しく体を叩く。 (あった…かい……) 目の前の服を小さく掴むと、クスリと笑ってくれた。 ーーあぁ、そっかぁ。 (今は、ひとりじゃないんだ) 「~~っ、」 暖かくて暖かくて、泣きそうになる。 そのまま自然と瞼が落ちてきて、ゆっくりと眠りについた。 「………ん?」 どれくらい寝てたんだろう、隣で横になっていたレイヤはいなくなっていた。 (今、何時……) 「っ、ゴホッ、ゴホッゴホッ」 声を出そうとして、出てきたのは酷い咳。 「カハッ…っ、ゴホッ、コホコホッ」 (くる、しぃ……っ) 止まらなくて、体を丸くして苦しいのに耐える。 ガチャッ! 「ハルっ」 丸めた体に大きな手が添えられて、背中を撫でてくれた。 「コホッ、っあ…レイ……っ」 「ん、ここにいる、大丈夫だ」 ぎゅっと手を握ってくれる。 そのまま、咳が止まるまでそうしてくれていた。 「櫻さんと梅谷先生が訪ねてきてくれたんだ」 「せん、せい…が?」 「あぁ。お前の様子を心配してた」 (俺の、様子を……) 「熱が下がったら会いに行こうな」 「は、ぃ」 ゆっくりと体を起こされ、持ってきてくれたクッションと枕を背もたれにしてベッドに座る。 「何か食わねぇと熱がさがんねぇから、何か胃に入れろ」 「食べれそうなもの注文しといた」と、ベッドサイドのテーブルにずらりと食べやすそうなものが並べられていてびっくりする。 「こんなに…食べれな……」 「別にいい、残りは俺が食うから。ほら、何が食いたい?」 食堂の注文システムを使ったのか、お粥からスープから様々なものが並んでいる。 その中にシチューを見つけて思わず指差した。 「ククッ、お前本当にシチュー好きだな」 「ん、すき…」 「食わせてやるよ」とスプーンを取られ、一口一口丁寧に食べさせてもらう。 「ほら、あーん」 「ぁ……んむ」 「なんか、雛鳥か子猫か…小動物に餌付けしてる気分」 「?」 「何でもねぇよ。ほら、もうちょっと食えるか?」 「あと、ひとくち…」 「ん。じゃがいも乗せてやろうな」 大きな大きな一口を何とか口に入れ、またゆっくり寝かされた。 今度は、おでこに月森先輩が買って来てくれた冷えピタを貼り、同じく冷凍庫で固めていたのかカチカチの氷枕に変えてくれる。 「もう19時を過ぎだし、寝るか」 (19時だったのか) 結構寝てたんだなぁ俺。 敷いてくれた氷枕が気持ちよすぎて、ホォっと息を吐く。 「おやすみハル。明日には良くなってると思うから、心配すんな」 「っ、ん…ありがと、レイ、ヤ……」 トントンと体を優しく叩かれながら、そのリズムに揺られてゆっくりと眠気に身を委ねた。 ふと、意識が浮上する。 (あれ、目覚めちゃった……) 19時とかいう早い時間帯に寝たからだろうか? 体、サラサラしてる…… あんなに汗かいてたのに、全然ベタベタしてなくて。 レイヤが、拭いてくれたのだろうか? 隣でスースー寝息を立てるレイヤを、そっと見つめる。 (ありがと、レイヤ) 体はまだ怠い、頭もぼーっとする。 多分、さっきご飯食べてた時よりも熱が上がってるんだと思う。 夜中が1番高くなるから別に心配はしてない…けれど…… (あつ、い………) 喉がカラカラで、たまらない。 ベッドサイドに置いてあるミネラルウォーターを取ろうと、静かに体を動かして。 「コホッ」 (ぁ、うそ) 「コホッ、コホコホッ」 寝てるレイヤを起こさないようベッドの端ギリギリまで寄って、体を丸め顔を布団の中に入れた。 「ゴホッゴホッ、カハッ……っ」 (あぁもう、最悪) 苦しくて苦しくて、ネックレスの玉をぎゅぅっと握りしめる。 咳が頭に響いて、それでガンガン痛くなってしまって…必死に止めようとするけど止まらなくて。 (っ、おねがいだから……) 早く、早く止まってーー 「ハル」 「ゴホッ、ハッ、っあ」 「大丈夫だから、落ち着け」 背中からぎゅぅっと暖かいものに包まれ、よしよしと頭を撫でられる。 (レイヤだ) やっぱり、起こしちゃったかぁ…… 「布団の中じゃ余計苦しいだけだろ。顔出すぞ」 カサッと布団を退けられて、新鮮な空気が一気に肺へと入り込む。 「ゴホッゴホッ、はぁっ、っ」 そうして咳が止まるまで、ただただ抱きしめてくれていた。 「起こしちゃって…ごめん、な、さぃ……」 ただでさえ迷惑かけてしまってるのに、俺の看病で疲れてるだろうに…こんな真夜中に起こすとか本当最低。 「謝んな、別に何も悪いことはされてない。寧ろ起こしてほしいレベルだな。言ったろ? ひとりで耐えんなって」 「苦しかったらちゃんと言えよ」と、優しく頬を撫でられる。 「咳止めの薬とか熱の薬とか…何か飲めれば良かったんだがな」 「君の体に薬を処方することは流石に出来ないな」と保険医に言われた。 今はハルなんだし、正直変な薬を飲ませて副作用とかが起こった際のリスクがあるんだろう。 「だい、じょーぶ…です」 苦しいけど、ひとりの時と比べたら全然苦しくない。 頭も痛いしぼーっとするけど、全然へっちゃら。 だって、 「レイヤが、となりにいてくれる…から……」 だから、どんなことでも乗り切れるよ。 笑おうとするがあまり力が入らず、弱々しいものになってしまった。 そんな俺にチュッと優しくキスを贈ってくれて「氷枕、新しいのにしような」と新しい物と取り替えてくれて、飲みたかったミネラルウォーターを口移しで飲ませてくれて。(移るからって断固拒否したのに寧ろめちゃくちゃ飲ませてくれた) ぎゅぅっと暖かい大きな体に包まれながら、また眠りについた。 「37.5度か…大分下がったな」 レイヤに抱きしめられながら寝た所為か、かなりの汗をかいていて。 多分、それで下がったんじゃないかと思う…… 「まぁまだ微熱だし、この温度だと下手すりゃまたぶり返すから、今日も欠席な」 「はぃ……」 先生たちにはレイヤが連絡してくれ、ベッドはいい加減飽きたので毛布にぐるぐるに包まれながらレイヤに抱っこされ、リビングでゆっくり過ごした。 放課後はイロハたちが訪ねてきてくれて、タイラや月森先輩・櫻さんに梅谷先生も来てくれて。 ハルはこんなにたくさんの人に心配されてるんだなぁと、凄く嬉しくなった。 (久しぶりの熱だったけど、いい収穫になったかも?) もう、いつハルと交代しても大丈夫だと思う。 だってこんなに心配してくれる人たちがいる。 (だから、ねぇハル) 安心してこの学校に通ってね? 夜になって、再びレイヤと一緒にベッドへ潜る。 明日には熱も完全に下がって、完璧に元気になってると思う。 (ありがとう、レイヤ) ハルの時も、どうかこうやって大きな体と暖かい体温で包んであげてほしい。 だけど、今だけは……… ほんのちょっとだけ、俺にレイヤを貸してくださいーー 先に眠ってしまったレイヤに口づけをひとつして、 暖かい体にそっと擦り寄りながら、幸せな眠りに着いた。 fin.

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