326 / 533

side小鳥遊家月森: それは、小鳥遊の記憶 1

「先ずは私の話からさせてください。 私は、月森の中でも特殊な存在でした」 「特殊な、存在……?」 「えぇ。〝主人を選ぶ才〟が全くなかったのです」 「っ!? そんな話一度も……」 「クスッ、そうだねミナト。それについて知っているのは大婆様とシズマ…今の龍ヶ崎家月森だけなんだよ」 誰かに付き従い続ける強い心や、よく切れる頭・本心がまるで分からないポーカーフェイス・類稀なる忠誠心…… そのどれもで、シズマと私は同じ年代の月森より抜きんでていた。 「故にライバルと呼ばれ、互いによく競い合っておりました」 しかし、私にはあるひとつの才のみが欠落していた。 月森として最も必要となる〝主人を選ぶ才〟。 「どれも、同じ顔に見えるのです」 その人その人の持っている独特のオーラや、雷に打たれたかのように感じる出会いの仕方。 「ミナトは、恐らくハル様やアキ様に他とは違う〝何か〟を感じることができた。他の月森も、皆そうやって主人を選んでいくのです。 だが、私にはそれが全く分かりませんでした」 それらを全く感じることの出来なかった私は、「この人は私の主人ではない」という事さえも分からなかった。 だから、気づけば「月森が欲しい」と言われると直ぐについて行くような……そんな尻軽な者へとなってしまっていた。 「私のことを欲しいと仰ってくれた方が私に運命を感じているのならば、それが私の主人だと思ったのです」 そんな私に〝待った〟をかけたのは大婆様だった。 『お前は特殊じゃ。お前一人で主人を選ぼうとするな、折角のお前の才が勿体無い。 お前の場合は、わしが手伝ってやる』 そのまま学生の身分を卒業し、シズマは大学時代に出会った主人の元へと旅立っていった。 私は本家へと残り、月森として本家の仕事を手伝っていた。 「そんな時、ある方が本家を訪ねてまいりました」 『〝月森が欲しい〟と人が訪ねてきたらしい。 ーー家は〝小鳥遊〟だ』 (小鳥遊だと……?) 小鳥遊は、あの龍ヶ崎と並ぶほどの大きな家。 それにもかかわらず、あの家には月森はひとりもいない。 それは何故なのか? ーー月森を、嫌っているからだ。 あの会社はピンポイントな年代層に同じ製品をもうずっと売り続けている。 リピーターが多かったり客層が良かったりしているから生き残れているようなもの。 変化を全く好まない、内向的な一族だった。 だから月森を〝変化〟と捉え、変化を起こさせぬよう月森から遠ざかり身内のみの経営の仕方をしていた。 「〝月森がいるから一流企業〟というわけでは決してありません。 昔の小鳥遊も、業界1位では無かったものの充分に一流企業でした」 だが、そんな小鳥遊が、月森の……しかも本家を訪ねてきたのだ。 一体何事かと、大婆様とその者が話している部屋を皆心配そうに見つめていた。 やがてスパンッ!と障子が開き、大婆様の鶴の一声が響き渡った。 『ーー主人のおらん月森、一列に並べ!』 皆驚いたが、懸命に内側へ抑え込み言われた通り並ぶ。 『これは、圧巻ですね』 『じゃろう? わしが丹精込めて育て上げた月森たちじゃからな』 大婆様の隣で話をしている、スラリとした若い男。 (あれは〝小鳥遊 ナツヒロ〟だ) 若いながら一族の中でもやり手で、一族内の評判も良く次期社長を噂されている人物。 そんな者が月森の本家に来るなど、あってはならない行為だろう。 恐らく一族には極秘で動いてる筈だ。 (一体、何故……?) 『当主どの、少し見て回っても?』 『あぁ、いいじゃろう』 その一声で一気に並んでいる月森に緊張が走った。 皆それを表に出さないよう必死だ。 (まぁ、そうだよな……) 主人のいない月森のみを並ばせたということは、つまりそういうこと。 こんな訳あり物件のような者を主人にしたら、たまったもんじゃない。 それぞれポーカーフェイスの下には、「選ばれたくない」という思いが見え隠れしていた。 だが、申し訳ないが私には緊張感のようなものは感じれなかった。 (主人が分からない私からすれば、何も感じ取れないな) どうして緊張などしないといけないのか? 〝主人〟とは、そんなに月森の心を掻き乱す存在なのだろうか。 (謎だな……) 皆と同じポーカーフェイスの下、そんなことをぼぉっと考えていた私は 目の前でピタリと止まった足に、特に何も感じなかった。 『ーー君だな』 『……? 何か』 『うん。君がいい。当主どの、この者を』 『ほぉ。 こりゃぁまぁ、良くできた〝運命〟よのぉ』 (〝運命〟……?) 大婆様が、私を見て〝運命〟と仰ってくださった。 ということは、この方が私の〝主人〟なのか……? 『ねぇ、君の名前は何て言うんだ? 私は小鳥遊 ナツヒロだ』 『はい、お初にお目にかかります。 私は月森 シキと申します』 『ほぉ〝シキ〟か。にピッタリの名前だな。 君を、私の月森にしたいんだがいいだろうか?』 チラリと大婆様を見ると、ニヤリと面白そうに笑う顔。 (これは、大婆様のお許しが出たということか…?) 私に主人を見つける才は無い。 そして、私を拒む壁も無くなってしまった。 となれば……答えはひとつだ。 『ーー喜んで。貴方を私の主人といたします。 〝ナツヒロ様〟』 『クスッ、あぁ。よろしく頼む〝シキ〟』 ーーーーこれが、私と社長の出会いで御座います。

ともだちにシェアしよう!