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「それから、私はナツヒロ様の…小鳥遊の月森として従事してまいりました」 一族から沢山の反発を喰らう中、ナツヒロ様はそれすらも楽しそうに見ていた。 (強い人だ) 『シキ。小鳥遊はどうだ?』 『内向的な一族とはこの様なものなのかと、日々身をもって実感しております』 『はははっ、いやぁまったくだな』 『貴方は、どうしてこの様に小鳥遊へ変化をもたらしているのですか?』 『そうだな…… お前も感じているだろうが、今の小鳥遊の経営の仕方だと近い将来必ず小鳥遊は終わる。折角の知名度なのだ、今のうちにこれを使ってもっと大きくならずしてどうなる。 変わるなら今であると思ってね。その為に、先ずは変化の象徴である月森を連れてきたわけだ』 『左様でございますか』 (やはりそうか。私の考え通りだnーー) 『ーーーーなぁんて、な。 ここまではただの建前だ』 『……ぇ?』 クスクス隣で笑うのを、呆然と見つめる。 『人間、誰しも〝本音〟と〝建前〟を持っているものだ。先ほどの意見は、ただ一族の者を納得させる為の建前にすぎない』 『…ならば、一体どういったご理由からこの様な変化を……?』 『そうだな。 ーーあぁ丁度時間だ、今から行こうか』 『は?』 『理由に〝会いに〟ね』 『フユミ』 『ナツヒロさんっ……と、こんにちは』 『こんにちは、初めまして』 日のよく当たる、広い公園。 そこにあるベンチに、白がよく似合う綺麗な長い髪の女性が座っていた。 『こちらは私の部下の月森シキだ。これから君と会うことも多くなると思うから、覚えておくといいと思って連れてきた。 シキ、こちらはフユミ。 ーー私の〝婚約者〟だ』 (は?〝婚約者〟…だと……?) 馬鹿な。 ナツヒロ様にその様な話があるなど、聞いたことがない。 驚愕するも、それをポーカーフェイスで抑え笑顔で一礼する。 『お初にお目にかかります、フユミ様。私は月森シキと申します。よろしくお願い申し上げます』 『ま、まぁ…ぇとっ、ぁの、頭を上げてくださる……?』 『クスクスッ。シキ、彼女はあまりそういうのに慣れていない。極力普通に接してほしい』 『かしこまりました』 (〝慣れていない〟だと?) どういうことだ? 何処かのご令嬢ではないのか? 一般の出か……? チラリとナツヒロ様を見ると、微かに目を細められて。 『さて、少しベンチで話をしようか』 『フユミ、話していいか?』 『えぇ、かまいませんよっ』 『ありがとう』 仲睦まじい二人の姿。 『シキ。彼女には、両親がいないんだ』 『両親が…いない……?』 『あぁ。彼女は、〝孤児〟なんだよ』 『ーーっ、な』 (孤児…だと………?) フユミ様は赤ん坊の頃両親に捨てられ、孤児院で育てられたらしい。 ナツヒロ様との出会いは、その孤児院で。 小鳥遊の製品を寄付する為に立ち寄った際、そこで出会ったのだそうだ。 (成る程、これが〝本音〟か) 彼女のことは、一族への最大の秘密なのだろう。 一般の出……ましてや孤児だ。 そんな事実、あの内向的な家が許すわけがない。 小鳥遊に変化をもたらし掻き回しているのは、この事実を有耶無耶にする為か。 暫く世間話をしていたが、ナツヒロ様が私に仕事の話をし始めると「少し咲いている花を見て来ます」とフユミ様が席を立っていった。 『……驚いただろう』 『えぇ、とても』 『君の顔は全く変わらなかったがな。いくら月森でもこれは驚くかと思ったのに』 『私は月森の中でも優秀な方でしたので』 明るい日の下でワンピースを綺麗にはためかせながら歩く彼女を、ナツヒロ様は優しく見つめていた。 『私はな、シキ。 彼女以上に心の綺麗な女性に、これまで会ったことがないんだ』 「ーー奥様と出会ったことで、自分の世界が驚くほど色づいたと……心を貰ったのだと、話しておりました」 「心、を……」 「えぇ。龍ヶ崎様は、その感覚が恐らくお分かりかと」 チラリとアキ様が龍ヶ崎様を見上げると、微笑みながら大きな手がその頭を撫でていた。 (クスッ。こちらも仲睦まじそうで良かった) 『一族しか知らなかった自分の世界をこんなにも豊かにしてくれた。そんな彼女を、心から幸せにしたいのだ』と意志の強い目で仰った。 『その為に、小鳥遊へわざと変化をもたらした。君まで連れてきてね。 ーーまぁ要するに、ただの私の我儘だと言うわけだ』 フユミ様と一緒になりたいという、ただそれだけの我儘。 『〝愛〟とは、偉大なものですね』 『ははっ、まったくだ。所詮は物語の中のものだと思っていたのだがな。だが、こんな変化も悪くはない。人生とは面白いものだ。 ーーなぁ、シキ』 『?』 『〝手伝って〟くれるか?』 (ーーあぁ、成る程) ナツヒロ様がわざわざ極秘で月森の本家を訪ね私と出会ったのは、恐らく〝私の運命〟なのだと……今、身を以って実感した。 〝一族〟対〝一人〟 こんな最悪な物件を担当する為、私は他の才を存分に持ち主人の才のみを欠落させたのだ。 だって、私の主人はその才を欠落させていなければ出会えていない家の者なのだから。 『クスッ、勿論ですナツヒロ様。 私は貴方の月森。主人の為何処までもお伴しましょう』 『ははっ、月森とは素晴らしいな。どうして小鳥遊は月森を持たないのか……まったくもって理解出来んな。 まぁ、いい。 ーーーーさて、全面戦争と行こうか』 ニヤリと、それはそれは愉快そうに目の前の顔が笑われた。

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