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「あの…そんなに戦わなくても、父さんが小鳥遊を出ていけばいい話なのでは……」
「そうですねハル様。
しかし、一族がそれを許さなかったのです。ナツヒロ様は将来有望でしたから」
ーー出られないのならば、住みやすく変えてみせよう。
それから始まった私たち二人の攻防は、驚くほど順調に進んだ。
どんどんターゲット層を増やし様々な商品を展開していく小鳥遊は、気づけば社長の座をナツヒロ様に明け渡していた。
そうしてあっという間に業界トップに乗り上げ、より大きくなった小鳥遊は必然的に他の家や他の会社等といった外の者との交流が増え
一族の目は、だんだんと外へ向き始めた。
「そしてタイミングを狙い、1番ベストな時期に婚儀を行なったのです」
ブツブツ小言を言う者は一部いたが、皆ナツヒロ様に口を出すことができなくて。
綺麗に晴れたいい天気の中、同じく綺麗なチャペルで挙げられた二人の挙式は……本当に幸せそのものだった。
「奥様は綺麗で優しく、ナツヒロ様の仰る通りとても心が純粋な方でした」
言うなれば、驚くほど真っ白な方。
壮絶な過去があるにもかかわらず、それでもこの世界を憎むことなく懸命に細い足で立っている様な人だった。
いつもいつも、ナツヒロ様と私に優しく笑ってくださっていた。
そうして婚儀も無事終え暫く経ち、小鳥遊としても順調に右肩上がりを続けていた頃。
『シキ、聞いてちょうだいっ』
『? 如何されました、奥様』
外からお帰りになられた奥様にグイッと手を掴まれ、お腹へと持っていかれる。
『ーーっ、まさか』
『クスッ。えぇ、そのまさかなの!』
『このこと、社長には……』
『まだっ。これから言いに行くのよ』
『貴方も一緒に行きましょう』とグイグイ腕を引っ張られ、苦笑しながら着いていった。
『っ、! 本当か…!?』
『えぇっ。ここに、居るのよ』
私にしたように、社長の手を自分のお腹へと持っていきゆっくりと撫でさせる。
『ーーっ、フユミ』
『ふふふ。私たち〝お母さん〟と〝お父さん〟になるんだわ。
…………でも』
『?』
『私、ちゃんと〝お母さん〟が…できるかしら……』
『私は孤児院で育ったから』と、奥様はよく私にもご自身の昔話をしてくださっていた。
『私は、親の愛情も何も知らないから……だから、ちゃんと〝お母さん〟が務まるか、不安で、それdーー』
『フユミ』
グイッと奥様の手を引いて、社長がきつく抱きしめる。
『大丈夫、安心するんだ。君は凄く優しいお母さんになる。周りが羨むほどのいい母親だ。
だって、こんなに綺麗な心を持っているのだから』
『あ…なた……、~~っ』
『クスクス、泣くなフユミ。きっと大丈夫だ。
これから先、不安になったら直ぐに私や月森に言うんだ。ひとりで抱えては、お腹の子にも心配されてしまうぞ?』
『っ、ふふふ、そうね。私は母になるものね、母が簡単に泣いてはいけないわ』
『そう、そのいきだ』
『奥様は、きっと大丈夫ですよ。私にも分かります』
『まぁ、シキっ』
『ほら、我が家の月森もあぁ言ってるんだ。安心するしかないだろう』
『クスッ、本当ね。 ーー有難う、2人とも』
それから順調にお腹の子は育ち、なんと双子ということが判明した。
『双子ですって』
『あぁ、そうだな』
社長室の中にあるソファーに腰掛け、出てきだした奥様のお腹を社長が優しく撫でる。
『私たち、一気にふたりのお父さんとお母さんになるんだわ』
『不安かい?』
『……そうね。正直、不安ではないと言ったら嘘になるわ。でもーー』
撫でている社長の手の上に自分の華奢な手を重ね、ふわりと花が咲くかの様に微笑んだ。
『貴方とシキがいるから、きっと大丈夫ねっ』
『クスッ。あぁ、そうだなフユミ』
『その調子ですよ、奥様』
『ふふふ。
あっ、私ね、まだ早いかもしれないけれどこの子たちの名前を考えたの』
『ほぉ、どんな名前にするんだ?』
『私も気になりますね』
紙とペンをお持ちすると、サラサラと奥様の文字が走っていった。
『先ず、あなた。
あなたの名前は〝ナツヒロ〟だわ』
奥様が、社長の名前の隣に〝夏〟と記入する。
『私が〝フユミ〟で、〝冬〟。
そして〝シキ〟がーー』
『奥様』
『? なに?』
『私は、関係御座いませんよ』
私は、あなた方の家族ではない。
だから私の名など、生まれてくる子たちには関係ない事だ。
『まぁ、何を言ってるのシキ。
貴方も私達の立派な〝家族〟だわ?』
『……え?』
『血こそ繋がってないものの、私は心は確かに繋がっていると思ってる。だって、いつもいつも私やナツヒロさんを優しく助けてくださるんだもの』
『っ、その様な事』
(月森として、当然のことをしたまでであって)
『ふふふ。貴方にとっては当然かもしれないけれど、私たちにとってそれは当然ではないことなのよ?』
『クスッ、そういう事だ月森。黙ってフユミに名を使われておけ』
(ーーっ)
主人にその様な事を言われれば、それに逆らう事は出来ない。
(……まったく、あなた方は)
本当に、どこまで優しくなれば気がすむのだろうか。
『奥様、話の腰を折ってしまい申し訳ありません。私の名まで使っていただけるとは、光栄です。有難うございます』
『ふふふ。
それじゃあ〝シキ〟は〝四季〟だわ』
〝夏・冬・四季〟
『四季という字はあるのに、季節が丁度後2つ足りないのよ』
『うん、そうだね』
『だからね、こうするの』
〝夏〟と〝冬〟の間に、それぞれ〝春〟と〝秋〟という字を当てはめてーー
『ほらっ、完璧だと思わない?』
『あぁ、そうだな』『えぇ、完璧です』
『でしょう?
多分ね、こうして私たちをひとつの家族にする為に、この子たちは双子なんじゃないかしら』
〝春・夏・秋・冬・四季〟
『あぁ、実に見事だな。何処にも疑問がない』
『本当に? それなら、この子たちの名前は、これでいいかしら……?』
『勿論だよ。これ以外に良い名前なんて、他にあるはずが無い』
『それじゃあ、この子たちの名前は先に産まれてくる子が〝春〟で、次に生まれてくる子が〝秋〟。
ーーーー〝ハルとアキ〟よ』
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