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「ぇ…………」 「そ、れじゃ…僕たちの、名前は……」 「はい。 おふたりの名前は、ご両親と私の名前から付けられたものです」 「ーーっ、」 「ぁ、アキ……」 目を見開いて私を凝視していたその瞳から、ポロリと涙が溢れ落ちてきた。 「~~~~っ、」 嗚咽が漏れないよう片手できつく口を抑えるアキ様の手を、龍ヶ崎様が優しく外す。 そのまま自身の肩口へ押し付けるように抱きしめた。 「ほら、こっち」 「レ、ヤ……、~~っ」 ハル様は、小さく震えるその肩を心配そうに見つめていた。 〝貴方なんて、産まなきゃ良かったのに〟 あの時の奥様の言葉は、恐らくまだアキ様の心に深く刺さっている。 (けれども) どうか……どうか知っていて欲しい。 ーーあなた方は、本当に望まれて産まれてきたのだ。 楽しくも大変だった日々を思い出しながら、目を閉じる。 「おふたりが奥様のお腹の中にいる時は、それはそれはたくさんのことがありました」 なんせ社長も私も男。 とてもじゃないが妊娠のことなど分からない。 加えて奥様も初めてのこと、そして母がいない。 皆が皆初心者の中で、トラブルなど日常茶飯事だった。 耐え難いつわりに何故だか目覚めてしまう夜、ピンポイントなものが突然食べたくなったり、急に苛々してしまったり…… そのひとつひとつを、奥様は歯を食いしばって乗り切った。 社長と私はただ励ましの言葉をかけ背中を撫でてあげることしか出来なかったが、それでも嬉しそうに「有難う」と笑ってくださった。 だんだん大きくなるお腹、時々蹴られては3人でよく喜び合い、生まれてくるハル様とアキ様の話ばかりしていた。 『ねぇ、髪色はどっちに似ているのかしら』 『どっちだろうな。私はフユミがいいな』 『まぁ。でもハルとアキは男の子よ。あなたの髪色の方がかっこいいんじゃないかしら』 『はははっ、うーんどうかな。目の色と顔のパーツもどうだろうね』 『そうねぇ……シキはどう思う?』 『私ですか? 私も分かりかねますね』 『あらっ、あの何でも知ってるシキが〝分からない〟ですって!』 『本当だな。ハルもアキもでかしたぞ』 『………社長、奥様』 『っ、はははは』 『ふふふっ』 楽しそうな笑い声にポコポコとお腹も動いて、 本当に、ただ 幸せな日々だったーー 「そして、いよいよ出産の日がきました」 社長は奥様と同じく病室の中へ、私は廊下でその時を今か今かと待ちわびていた。 廊下にも漏れ出す程の大きな奥様の声と、励ます社長の声。 命が生まれるとはこれ程大変なことなのかと、身をもって実感した。 ………何時間…何十時間待ったのだろうか。 〝……ギャァッ、オギャァッ、オギャァ、〟 『っ!』 椅子から立ち上がり、ドアの方へと向かう。 タイミングよく開いたドアから、医者が出てきた。 『あの、入っても……?』 『はい。終わりましたので、どうぞ』 優しく笑って道を譲ってくださる医者に会釈して中に入り、社長と奥様の元へと急ぐ。 『社長、奥様』 『あぁ月森……産まれたぞ』 『えぇ。そのようですね』 『……シ、キ………』 『ーーっ、奥様』 フラフラとこちらに伸ばされる手を強く掴み、笑いかけた。 『よく、頑張りましたね』 『っ、シキ……、~~っ』 私の一言に、奥様がボロっと大きな涙を零し始める。 『妻を泣かせた代償はでかいな』と苦笑しながら、それでも嬉しそうに社長はその涙を拭いていて。 『ヒッ!!』 そこに、看護師の息を飲む音が聞こえた。 『…………? 如何なさいましたか?』 『ぁ…ぁあ、あ! っ、誰か!!急いで先生を連れ戻して来て! ーー赤ちゃんが、片方息してないっ!!』 『ーーーーぇ?』

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