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sideイロハ: それは、ずっとやりたかったこと

「ねぇアキ、今どんな感じ?」 「んーもうちょい煮込んだ方がいいかな」 「こっちの鍋使うぞ」 「おっけー!」 忙しなく声が響く、広いキッチン。 年が明けてすぐ、カズマと一緒に佐古くんとタイラちゃんを拉致して龍ヶ崎を訪ねた。 『明けましておめでとうございます!!』 『お、おめでとうございます…?』 『どうしたのイロハ? みんなも……ってか凄い荷物…』 『ハル!アキ!』 『『は、はぃ!』』 『料理教室しよっ!!』 料理教室。 それは、おれがずっとずっとやりたかった事。 ハルとアキとタイラが増えたから、もう一度みんなで一緒に料理がしたくて。 突然の申し出に、2人は目を丸くしながらクスクス笑って、『トウコさんにキッチン借りれるか聞いてくる!』と言ってくれた。 そして、今なんだけどーー 「星野、また手が戻ってる。猫の手だっつってんだろうが……」 「ぇ、あっ!」 (まさか、タイラちゃんが料理出来ない子とは知らなかった…) 初めてやった時の佐古くんより重症なんだけど、どうしよう? ハルたちも苦笑気味で見守ってる。 ヒソヒソ… 「こんな事なら、もっと頻繁にやっとけば良かったね」 「それな…でもまぁ、タイラとは後2年一緒だし何とかできるんじゃ?」 「あれは厳しくいかないと緩みそうだな」 「あぁ…タイラちゃん……」 に、しても。 「佐古が教えるのも意外だな」 「びっくりだねぇ。確か彼も去年は初心者だったんでしょう?」 「そうなんだよハル!おれも驚きが隠せない…!」 「いや、あいつの料理スキルは俺が保証する。どんどん料理覚えていくんだもん、しかも美味しいの!まじで同室で良かっtーー」 「おいてめぇら。聞こえてんぞ」 「「「あは、ごめんなさーい」」」 はぁぁ…とため息を吐かれて、それに笑ってそれぞれの場所に戻っていった。 (ふふふ、タイラちゃんファイト!) 厳しいけど、見守るように教える佐古くんに自然と笑みがこぼれる。 去年はズッキーニすら知らなかったのにね。 本当、料理に関しても成長したよね。 「ハルとアキは相変わらず手際がいいな」 「うんうん!」 言わなくても互いの動きを分かってるみたいにテキパキ動いてて、流石兄弟。 「さぁ!おれたちも負けてらんないよ!カズマせんせー次はなにするの!?」 「そうだな、次はーー」 「「こっち完了ですー!」」 「こっちもそろそろ完了だ」 「こっちも、何とか終わりそうだな」 それぞれ、作っている料理にひと段落つきそう。 タイラちゃんも、ひーひー言いながら何とかみんなの指示を聞いて頑張ってた。 「おっけい!じゃあ最後にみんなでクッキー作ろー!」 冷蔵庫に寝かせてある、前回よりも大きな生地。 「ほらっ、おれ型抜きいっぱい持ってきた!!」 テーブルにガバッ!と広げると、「懐かしい!」とアキがひとつ手にする。 「これ、この型覚えてる佐古? 前にお前がイヌばっかり作ったんだよな」 「チッ、うっせぇな。あの時は考え事してたんだよ」 「あぁそうだったな。それでイロハに没収されたんだったよな」 「没収? 何それ僕も詳しく聞きたい!」 「面白かったんだぞハル!あの時の佐古の顔がさ…っ」 「アキてめぇ………」 「はーいそこ喧嘩しないの。タイラちゃん、佐古くんと一緒に冷蔵庫から生地取ってきて!」 「は、はぃっ!」 大きなテーブルに生地を広げて、それぞれ思い思いに色んな形にくり抜きはじめる。 「こう…ですか?」 「そうだな。生地は優しく扱わないと破けるから、ゆっくり丁寧に」 「あんまりその型ばっか使ってんなよ。すぐに没収が来るぞ」 「ぼ、没収……!」 集中してひとつひとつ慎重に作業するタイラちゃんを、カズマと佐古くんが見守りながら手を動かしてる。 (ほんっと、仲良し) 微笑ましすぎて自然と頬が緩んでしまう。 「イーロハっ」 「俺たちイロハの隣でしよーっと」 「わっ、ハル、アキ」 椅子を持って移動してきた2人にパッと挟まれた。 「なぁイロハ、計画してくれてありがとう」 「すごく楽しいね」 「クスクスッ。んーん、おれがやりたかっただけだから。キッチン借りれて良かった!美味しく出来たし、みんなで食べれるね!」 多めに作った料理は、龍ヶ崎家の皆さんや会長・後から訪ねて来る予定の月森先輩の分もあって。 きっときっと、楽しい食卓になるはず。 「「…ねぇ、イロハ」」 「ん? なに?」 「「ありがとう」」 「……へ、なにが…?」 「俺の事、助けてくれて。怖かったはずなのに小鳥遊の屋敷にも来てくれて」 「僕の我儘に付き合わせて大変な目に合わせちゃって、本当にごめんね。でも、すごく助かったよ」 「そ、そんな、その件についてはもうお礼言われたし、もういいよっ」 「んーそうなんだけど、イロハにはどうしてももう一回言っときたくてさ」 「だって、次は〝イロハの番〟なんでしょう?」 「ーーっ、」 びっくりするおれに、2人が優しく微笑んでくれる。 「ごめんね、アキから聞いたんだ。 〝俺もまだ知らないけど、イロハも何か抱えてるから乗り越えれるといいな〟って」 「そ、か。謝らないでいいよ、もともとハルにも言わなきゃって思ってたから…」 「なぁ。 イロハの〝それ〟は、大丈夫そう?」 「僕たちもよく分かってないけど、でも助けがいるならいつでも力になるからね」 「俺たちが助けてもらった分、次はイロハに恩返ししたいなって思ってるから」 「っ、ふたり…とも……」 おれ、まだ何も言えてないのに。 自分の事、何も伝えてないのに。 「全部を話さなくてもいいんだよ。きつかったら話せるところまででいいから、話聞かせてね」 「っ、ハル…」 「イロハは〝先ずは自分で頑張ってみる〟って言ってたから、今は何もしない。けど、無理はしないで。 俺が言えた身じゃないけど、イロハと離れるのは俺やだな」 「アキ……っ、」 テーブルの上で止まった手の上に、2人の手が重なる。 「イロハ、約束しよう?」 「やばかったら、すぐ周りに言うこと。俺たちじゃなくても、タイラでもいい。 カズマはイロハの1番近くにいるんだから、カズマを頼るのもいいと思うよ」 「迷惑とか我儘とかって絶対思わないから。寧ろ大歓迎だからね。 〝我儘かけてくれるのは嬉しい〟って言葉は、イロハのでしょう?」 〝寧ろもっと我儘言って!? 全然足りないんだけど!〟 (っ、そ、れは…) おれが、一番はじめにハルであるアキに投げかけた言葉。 「だからね、イロハ。なんでも言ってね」 「今までたくさん支えてくれたから、次はイロハの番だよ」 「「〝友だち〟なんだから、ね?」」 「っ、~~っ、」 まだ、全然ふたりに何も伝えれてないのに。 それでもこうやって言ってくれるのが嬉しくて嬉しくて、心臓がぎゅぅぅっと鳴る。 「さっ!続きやるよー!次はなんの形にしようかな」 「あ、ハル見て桜の形がある!俺桜にしよっと」 「本当だ、えーじゃあアキっぽいの無いかな…紅葉とか銀杏とか……あぁ!銀杏見つけたっ、僕これにするー!」 「ほらイロハっ。イロハは何にする?」 ほわりと、2人が笑ってくれて。 「ーーっ、お、おれはこれっ!」 ちょっとだけ出てきた涙をぬぐいながら、目の前の型を手に取った。 そうして何とか時間内に全てを作り上げて、訪ねてきた先輩や龍ヶ崎家の皆さんと一緒にできた料理を食べて 本当に、楽しくて幸せな時間が過ごせたーー

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