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sideアキ: 丸雛イロハの、その謎は
「先ずは挨拶申し上げます。
お初にお目にかかります、小鳥遊ハル様・アキ様。私は丸雛の月森、スズと申します。以後、お見知り置き下さいませ」
丸雛の月森さん…スズさんは、また頭を下げた。
「今回の事の発端は、社長がイロハ様を屋敷へ呼んだことでしたーー」
『ねぇ、スズ。あの子の事聞いたかしら?』
『…小鳥遊の件、でしょうか?』
『えぇ、そうね』
先日イロハ様は、屋敷へ許可を取らず勝手に丸雛を名乗り、小鳥遊の家へ入り込んだ。
『最近会っていなかったけれど、あの子ってそんなにやんちゃだったかしら。大人しくていい子だったのに……』
確かに、今回は小鳥遊側から何も無かったから良かったものの、もし何かしらの体裁があったなら丸雛の被る被害は大きかった。
「丸雛の社長として…そしてイロハ様の母として、一度イロハ様と会っておいたほうがいいと判断なさいました」
全国にある店舗を常に転々としている為、丸雛の社長は中々屋敷へ戻ることが無い。
現に、今年の正月も戻ることはなかった。
『少しだけ話がしたいから、学校が終わったくらいにイロハを迎えに行ってちょうだい?』と指示され、車を走らせた。
『イロハ様、お待たせいたしました』
『んーん、ありがとうっ!』
校門のところで既に待っていたイロハ様を乗せ、来た道をまた屋敷まで戻って行く……と、
『ーーねぇ、スズちゃん』
『? 如何されましたでしょうかイロハ様?』
『あのね、おれお母さんと〝喧嘩〟してもいい…?』
『っ、え…………?』
それは、スズも予想もしてなかった一言だった。
「け、んか…?」
「イロハが、喧嘩って……」
びっくりする俺たちに、スズさんが寂しそうに笑う。
「おふたりは学園でのお元気な姿しか知らないでしょうが、イロハ様はお屋敷ではとても物静かなのですよ」
「イロハが…静かなの……?」
「なん、で………」
「それは、これからお話しいたします。
イロハ様は、どうやら今回のことを全て計算済みのようでした」
『今お母さんに呼ばれてるのって、おれが小鳥遊の家に行ったからでしょ?』
『そう、ですね……』
『そっか、良かった。
こうでもしなきゃ会えないって思ったから』
『アキたちも助けれて一石二鳥!』と、イロハ様は満足そうに背もたれにもたれかかった。
『…あの、イロハ様』
『ん?』
『社長と喧嘩とは、一体何を……』
『クスクスッ、そんなの大体わかってるでしょ?
…ね、スズちゃん。おれやっぱりおかしいよ』
『ーーっ!』
後ろから聞こえた声は、泣いてるように震えながらも明るく笑っていた。
『今までずっとしょうがないやって思ってきた…けどね、全然しょうがなくなんてなかったんだ。
小鳥遊の家と真っ向から戦ったハルたちを見てるとさ、ぼく何してるんだろうなって……わたしも、前に進まなきゃって思ったの。
だがらーー』
ミラー越しに、イロハ様と目が合う。
その目は、真っ直ぐに私を見ていて
『スズちゃんは、お母さんの月森だけど丸雛の月森でもあるよね』
『っ、その通りです……』
『だったら、お願いだから少しだけ時間…くれない?』
いつもの、一人称がバラバラになってしまうイロハ様の会話。
ーーでも、そうさせてしまったのは紛れもなく〝私たち〟で…
『かしこまり、ました』
『!! ありがとっ、スズちゃん……!』
『いいえ、礼には及びません。これは我々の罪なのです。早かれ遅かれいつか律せねばいけなかったことです』
そう。
これはどの道私たち丸雛にとって…この家族にとって、乗り越えなければならない出来事だった。
それが、今日なだけだ。
『帰ったら人払いをいたしますので』と話す私に、イロハ様は安心されたように『ありがとう』と仰った。
「乗れ超えなければならない…出来事?」
「スズさんとイロハのお母さんの、罪?
それってイロハの一人称がブレるのと、関係あるんですか?」
「はい、ございます」
「ぁ、あの…一体、それは何なんですか……?」
イロハの抱えている、その〝何か〟は。
乗り越えなければならない〝それ〟は、一体……?
緊張と恐怖が一気に来て、ハルとぎゅっと手を繋ぎながら目を閉じたスズさんの回答を待つ。
やがて、その目がゆっくりと開いて………
「お答えします。
イロハ様は、お生まれになってからずっと……
ーー〝女〟として、お母様から育てられてまいりました」
「「ーーーーぇ?」」
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