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襖から現れたのは、真っ赤な着物を着た綺麗な子。 煌びやかな模様の入った美しい着物と、同じ色の口紅など化粧を施している。 髪留めに付いている鈴が歩く度リィ…ンと鳴って、それが物凄く神聖なもののような雰囲気だった。 (ぅ、そ……) それは本当に綺麗で…存在感はあるのに何処か儚くて…… その伏し目がちな目が、ゆっくりと俺たちを捉えた瞬間。 「ーーっ、」 酷く、泣きそうに歪んだ。 (あぁ…イロハだ) 女の子かと思った、けど……違う。 あれは間違いなくイロハ。 支度って、こういう意味だったんだ。 ビックリして声が出ない俺たちと違って、慣れたようにカズマが直ぐ席を立った。 「イロハ」 「ぁ、カズ…マ………っ、」 カズマへ向かって伸びた手が、ハッと震えながらカズマではなく着物を掴む。 そのまま、イロハの顔が苦しそうに下を向いた。 「っ…イロハ……」 多分…俺たちにあの姿を見られたく無かったんだと思う。 ボソボソと2人で何かを話しているが、聞き取ることができない。 「ふふふ、綺麗でしょう?」 ふんわりと、嬉しそうに丸雛社長が笑った。 「あの着物はね、丸雛を使っていただいてる反物屋に頼んだ物なの。綺麗な色と模様に私が一目惚れしてしまって…是非イロハにと作ってもらったのよ。 ーーでも、」 ふと、その顔が陰る。 「イロハは嬉しくないみたいで…着物を見せても喜んでくれないのよ。前はお洋服も髪飾りもとても嬉しそうにしていたのだけれど……」 「っ、そ…れは」 イロハが…男の子ということに、気づいたからで。 「父親はいなくて私も出張だらけであの子の側にいることが出来ないから、せめてお土産をたくさん買ってあげる事だけは絶対しようと決めているの。でも、だんだんとあの子の喜ぶ顔を見ることが出来なくなってしまって…… 私もね? 今どきの女の子の喜ぶ物を調べてはいるのよ。だけどまったくで…… 駄目ねぇ、自分の子なのに分からないなんて、どうかしてるわ」 「………ぁ、ぇ、と……」 クスリと悲しそうに微笑まれて、言葉が出てこなくなる。 ーーこういう時、なんて…言えば良いんだろう? 「それはイロハが男の子だからです」なんて言ったら、どうなるんだろう。 自分の子のため懸命に調べて悩んでるのに、その言葉を投げかけても良いのだろうか…? イロハはそれを望んでいるのだろうか……? (ねぇ、イロハはずっとこれに1人で耐えてきたの?) 狂気とも言える、この純粋な重圧に…… もしこれが自分に向けられていたものだとすると、ゾッとする。 真実を言いたくて、でも言っても通用しなくて。 じゃあいっそのこと自分が女の子になればって思うけど…でも残念ながら自分は男で。 あれ? それなら自分って何なんだろう? って…思考が、おかしくなって…… 「だから、私イロハに〝転校しましょう?〟って話したのよ」 「「…………ぇ?」」 「ふふふ。だってイロハは女の子でしょう? だから、カズマくんと一緒に男子校へ行きたいと言った時は受かるわけないわと思ったのだけれど、受かっちゃったのよねぇ。クスッ、でも学校自体も悪い所ではないし、イロハも行きたいと言っていたから許可したの。 だけど、自分の子がこうしてだんだん成長していくのを間近で見れないのは…やっぱり寂しいわね。しかもそれが子どもから大人へと変化する高校の時になると、尚更。 だから、この時期に全寮制ではなく家から通える近場の学校にして、私も出張の回数をなるべく減らして出来るだけあの子の側にいたいと思ったの」 あの子の好みは成長と共にどう変化したのか? あの子の好きなものは、何なのか? 自分とイロハにズレが生じ始めてから、思った。 ーー微かな変化でさえしっかりと分かるよう、母としてちゃんと側で成長を見ていきたい、と。 「小鳥遊の件もあったから、それと一緒にその事をイロハへ話してみたの。そしたら猛反対。 部屋に閉じこもってしまったわ……」 「っ、自分から、閉じこもってたんですか…?」 「えぇそう。なかなか出てきてくれなかったのだけれど…皆さんが来てくれたおかげね。ありがとう」 安心したようにお礼を言うその顔は、本当に母の顔。 (そっか。イロハは閉じ込められてたんじゃなくて、自分から閉じこもってたのか) 自分の意思だったということが分かって、ちょっと安心。 ……でも、イロハが転校させられるなんて、そんなの絶対に嫌だ。 『俺が言えた身じゃないけど、イロハと離れるのは俺やだな』 いつか、佐古が行く前レイヤの家でやった料理教室の時交わした会話。 せっかくできた大切な友だちなんだ。 それなのに離ればなれになるなんて…そんなのは嫌だ。 学校でイロハの元気な声が聞けなくなるなんて、寂しくて耐えれる自信がない。 それに、カズマだってーー 「…………っ、」 まだ話しこんでる2人へ、キュッと視線を送る。 (ねぇ、イロハ) イロハはどうしたいの? もうずっとずっと、部屋に閉じこもって1人で考えてたんでしょう? 教えて欲しい、どうしたいのかを。 そして、それを手伝いたい。その為に来たんだから。 (っ、イロハ……!) 出来れば…願わくば「転校を受け入れる」という言葉が出ませんように。 丸雛社長も、心配そうに2人を眺めていた。 やがて、パッと顔を上にあげたイロハが、カズマの手を握りながら一歩前に出た。 「ぁ………っ、おかあ、さん」 「? なにかしら、イロハ」 「ぁのね、わたしーー」

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