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sideイロハ: おれの、思いは 1
ーー見られて、しまった。
「っ………」
みんなが来ることは、なんとなく予想してた。
自らお母さんの元を離れたスズちゃんが、何もしない筈ないと思ってた…けど、
けど、
(ど、しよ……)
思考が停止してしまって、部屋に入ってから一歩も動けない。
「イロハ」
「ぁ、カ…ズマ……」
昔からな分見慣れてるのか、すぐ駆けつけてくれる。
それに向かって自然と手が伸びて…でも怖くてギュッと戻してしまって。
「………っ、」
それを逃さないというように、大きな手が包み込んでくれた。
そのまま、空いてる方の手で背中をポンポン撫でられて。
「カズ、マ…カズマっ、カズマぁ……〜〜っ、」
我慢してたものが、ぼろっと零れ落ちた。
「ふっ、うぇぇ……ひっ、く」
「ったく、お前は…よく頑張ったな」
みんなのいる方向から見えないようおれを隠してくれて、その気遣いにまた涙が出てきてしまう。
「っ、おれ、この格好、みんなにっ」
「大丈夫。大丈夫だから安心しろ。先ずはゆっくり深呼吸。ほら」
「はっ、ぁ…」
叩いてくれるリズムに合わせて、吸って吐いてを繰り返す。
チラリとみんなの方を伺うと、お母さんと何やら話してるみたいだった。
(みんなだ……)
会いたくて会いたくて、堪らなかった。
心配してくれてるだろう人たちを、安心させてあげたかった。
「ただいまー!」って、抱きつきたかった。
そして、カズマにもーー
「あ、い…たかったよぉ…カズマ……っ、」
「クスッ。俺もだ、イロハ」
顔を上げると、大好きな顔。
ちょっとしか離れてなかったのに、恋しくて恋しくて隣が寒かった。
「丸雛の月森が、全部話してくれた」
「スズちゃんが…?」
「そうだ」
(それって、月森的には大丈夫なのかな……)
絶対大丈夫なわけ無い。
でも、それをしてくれた…ぼくの為に。
「なぁ、イロハ。お前はどうしたいんだ?」
「ぇ、」
「ずっと考えてたんだろう? お母さんとどう向き合うかを」
うん、そう。ずっと考えてた。
どうすればお母さんとちゃんと折り合いつけれるのかな?って、ずっと。
ーーでも、
「カズマ、あ…のねっ?」
「? どうした?」
「わたし…転校、するかも、しれなくて……っ、」
折角止まってたのに、また涙が溢れてきた。
小鳥遊の件と一緒に提案された、転校の話。
お母さんの気持ちも分からなくはないと思う反面、あの学園とさよならするのが嫌でつい声を荒げ、部屋に閉じこもってしまった。
「お互い出張だし全寮制だしで中々会えなくて、だからぼくのことちゃんと見れないから、一緒にいようって…言われて……
…っ、でも、でもおれは」
「イロハがそうしたいなら、いいんじゃないか?」
「ーーぇ、」
呆然と見上げると、真剣な瞳があった。
「あの学園に入ったのは、元はと言えば俺の我儘…ただのエゴだったんだ。この家にイロハをずっと置いておくのは嫌だなって、下を向いたままなのは悲しいなって思ったんだ」
だから、イロハの手を引いて半ば無理やり学園に入った。
「あれから4年…イロハはびっくりするほど変わった。もう下を向かないし、元気によく笑う。まるで小さい頃一緒に遊んでた時みたいで、本当……安心した」
「カズマ…」
「だから、そんなイロハが今度は母さんとちゃんと折り合いをつける為もう一度この家へ戻りたいのなら、俺は何も言わない。みんなも同じだと思うぞ」
チラリと視線を投げると、今度はこちらを見ていた双子と目が合った。
「みんな、お前をここから連れ出そうとして来てるんじゃない。
お前がどうしたいのかを理解して、その手助けをする為に来ているんだ」
「ぼくの…手助け……を?」
「あぁ」
(そ、なんだ……)
みんなスズちゃんから丸雛のこと…おれとお母さんのことを聞いたはずなのに、それでも嫌悪感や偏見を感じず此処へ来てくれた。
わたしに会いに…ぼくの考えを訊きに、来てくれた。
「〜〜っ、みん、なぁ……っ、」
ポンっ
「まぁ、俺はお前が転校してもその学校へ着いて行くけどな」
「へ?」
クルクルの毛をわしゃっと撫でながら、カズマが笑う。
「いくらお前の意見を聞くと言っても、これだけは譲れない。お前の隣は俺だイロハ。お前がいない間、ずっと寂しかった」
「ぁ……」
「俺は、お前が嫌だと言っても居座り続けるからな。
ーーだから別の学校でも絶対大丈夫だ。お前はお前のまま、やっていける」
「ーーーーっ!」
ニヤリと微笑む顔は、最高にカッコよくて。
「……もう…カズマの馬鹿……」
「はははっ、良いんだよ馬鹿で。
少しは元気になったか?」
「…うん、ありがと」
(どっちを選んでも、カズマが一緒にいてくれるなら、もう怖くなんてないや)
片方を選んで失敗しても、隣にはカズマがいる。
それだけで…どんなことでも大丈夫な気がしてくる。
(やっぱり、カズマは凄いなぁ)
あんなにガチガチに固まってた心臓が、あっという間にあったかくなる。
息が一気に吸いやすくなって、そのまま目を閉じ、深呼吸を繰り返してまたゆっくり目を開けた。
「カズマ、ぼく言うね」
「ん。思いっきり言ってこい」
勇気をくれるように、ギュッと手を繋いでくれる。
(頑張れ、頑張れ)
スズちゃんもハルとアキも会長も月森先輩も、カズマも。
みんなみんな…応援してくれてる。
ーーおれの背中を、押してくれてる。
だから、
「ぁ………っ、おかあ、さん」
「? なにかしら、イロハ」
震えてしまったその声。
それでも、強く一歩を踏み出した。
「ぁのね、わたしーー
お母さんのこと、大好きだよ」
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