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「わたしはお父さんを知らないから、お母さんはお父さんの分まで一緒にいてくれたね」
ぼくが赤ちゃんの頃に出て行ったお父さん。
名前は知ってるけど、会った事は一度も無くて。
その分、寂しがらないようお母さんが一人二役してくれた。
「だからね、ぼく全然悲しくなんてなかった。
周りの子がお父さんの自慢してても、〝それよりわたしのお母さんは凄いんだよ!〟って自慢し返して…」
(本当、1番におれのこと考えてくれた)
時には厳しく、時には甘えさせてくれて。
ずっとずっと……大切にしてもらった記憶しかない。
「そんなお母さんのこと、大好きなんだ」
ほんとに、大好き。
ーーでも、
「で、もね………っ、
おれ、お母さんが思ってる女の子には、なれないや」
「え……?」
「意味がわからないわ?」というようにふわりと首を傾げられ、胸がぎゅっとなる。
それでも、えへへと笑った。
「あのねお母さん。ぼく、スカートも好きだけどズボンが好きなんだ。フォーマルなワンピースもいいけど、でもスーツの方が好き。この着物も凄く綺麗で嬉しいけど……わたしは袴が着てみたいな」
嫌いってわけじゃない。
文化祭でやったコスプレみたいに少しの間だけ着るとか、そういうのだったら全然いい。
でも、本気で着るのは……苦しい。
「だんだんとね? ぼくは普通の女の子とはちょっと違うなぁって気づいたんだ。だからお土産が素直に喜べなくなってきちゃって…ごめんなさい」
(おれも、ちゃんと言えば良かったなぁ)
怖がらずに、「こういうのが欲しい」ってちゃんと伝えれば良かった。
そうすればお母さんもあれこれ考えずに済んだのに。
ーーねぇ。お母さんが言う〝女の子〟って、一体何なんだろう?
一般的な女の子を指すのか、それとも全く違うものを指すのか、もう分からないけどさ?
…けど、これだけは確実に言える。
「おれは、丸雛の社長には……ならない」
「っ!!」
ハッと目を見開くお母さん。
ハルたちの息を飲む声とか、カズマがもっとキツく手を握り締めてくれる感触とかが全部身近に感じ取れて。
(言って…しまった……っ)
一気に緊張が高まって、心臓がヒヤリとする感覚がする。
世間から見たらぼくは男。
だから丸雛の社長にはなれる筈がない。
でもお母さんの中では、ぼくは女。
お母さんは両親に「丸雛の後継の為女の子を」と言われてきて、その結果壊れた。
そんなお母さんにこの言葉を言うのはやめた方がいいかなって、いっぱいいっぱい考えた…けど……
やっぱり、ここを伝えないとわたしはお母さんと一緒にいられないと思う。
無理なことを求められるのは、もう辛い…から……っ。
「ねぇお母さん。
この前ぼくが企画した季節のお菓子、覚えてる?」
「……えぇ、覚えてるわ。確かハルくんの為に作ったものよね?」
「うんっ、そう。
あれ作るの、おれ本当に楽しかったんだ」
自分から丸雛になにかを言うのは初めてだった
けど、ハルの会長への想いが叶ったのが嬉しくて嬉しくて、何かお祝いがしたくなって。
(まぁ結局あれはアキだったし、そのお菓子が原因で喧嘩させちゃったんだけど)
でも、2人から「「ありがとう」」と言ってもらえた。
「あのお菓子があったから、僕たちはもっと互いのことを知れたんだよ」って。
「喧嘩させてくれてありがとう」って。
「わたしが社長になったら、お母さんみたいな仕事するんでしょ? それは、やだなぁ」
だって、お菓子を考える時間が無くなってしまう。
全国にある店舗を見て回って、売り上げの管理や状況の把握・人の配置に沢山の会議に…その他諸々を全てこなさなければならない。
「そういうのじゃなくて、おれ、和菓子を作る側の人になりたいんだ」
例えばハルに向けて作った春色の和菓子。
カロリーとかも考えて、和菓子なのに軽い口触りのものにした。
そんな感じで、秋はもちろん夏も冬も作ってみたい。
それ以外にもいろんな種類の和菓子をデザインしたい、企画してみたい。
ーーまだこの世の中にない和菓子たちを、この手でいっぱい作ってみたい。
「だからね? ぼくは、社長にはならない。
〝なれない〟んじゃないよ? 〝ならない〟んだ」
自分で決めた、新しくできた夢のために。
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