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その3: ハルと月森先輩の話
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◯リクエスト
ハルと月森先輩が絡む話を。
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※その2と同じ時間線です。
【side ハル】
コンコンッ
「?」
今日はアキが日直だから、先に夕飯の支度をしとこうとカズマと寮に帰ってきて。
キッチンに立った瞬間、扉をノックされる音が聞こえてきた。
(誰だろう……カズマ?)
どうしたのかなと扉に近づくと「ハル様、月森です」という声。
ガチャッ
「先輩……?」
「こんにちはハル様。
ただいま少しお時間ありますでしょうか?」
「も、勿論ですっ。どうぞ」
「失礼します」
先輩…一体どうしたんだろう……
何かあったのかな?
取り敢えず、ワタワタしながら部屋へ招き入れた。
「突然押しかけてしまって申し訳ありません」
「いいえ、全然」
紅茶とお菓子を用意して、ソファーへ向かい合わせに座る。
「ハル様、月森にこういったものは用意せずともいいのですよ。寧ろ私が用意する立場ですのに…」
「あ、僕誰かが訪ねてきてくれるっていうのが嬉しいんです。だから、用意するのすごく楽しくて」
誰かが自分に会いにきてくれるという事が、凄く嬉しい。
屋敷にいた時は両親やメイドさんたちしか訪ねてこなかったから…
だから、要らないと言われてもちゃんともてなしたい。
「……ふふふっ、そうですか。では有難く頂戴します。
いただきます、ハル様」
「どうぞっ」
クスリと笑ってティーカップを持つ先輩は…何というか絵になりすぎて。
月森先輩も綺麗な顔してるもんね。
なんか優雅だ……
「ハル様」
「っ、は、はい」
カチャンとカップを置いた先輩が、微笑みながら僕を見た。
「学園の方は、いかがですか?」
「毎日凄く楽しいですよ!自分がまさか学校に、それもアキと一緒に通えるなんて思ってもみなくて…みんなには本当に感謝してて……」
本当、まさかこんな未来が来るとは想像もしてなかった。
まだ夢の中なんじゃないかなって思うくらい、信じられなくて。
「それに、学食のメニューも豊富で僕でも食べられるものが沢山あるし、クラスメイトのみんなもいい人たちだし、親衛隊や先生方も良くしてくれて」
本当に、本当に良くして…くれてーー
「ハル様」
「っ、」
ハッと視線を上げると、心配しているような瞳と目が合う。
「ハル様。ここにはアキ様や皆さんはおりませんよ。私だけです。ですから、無理せずとも良いのです。
どうか……貴方の本音をお聞かせいただけませんか?」
ーーあぁ、やっぱり。
〝本音〟
だから先輩は、僕が1人の時に訪ねてきたのか。
先輩は、僕ら2人の月森だ。
アキのフォローはレイヤもいる分、先輩は僕を重点的にフォローしようとしてくれてるのかな?
それはありがたい、本当に。
……でも、
「ふふふ、僕は大丈夫ですよ先輩。ありがとうございます」
「っ、」
えへへと笑うと、先輩の顔が歪んだ。
多分、先輩のことだからもう僕の本音は理解できてるはず。
だから…もういいんです。
だって
「僕の本音は、どうにもならないことだから」
ーー僕が今いる場所は、僕のじゃない。アキのだ。
それなのに…我が物顔で居座ってる自分が、いる。
アキはこの学園にずっと居たのに、転入という形でまた最初から皆んなと関係性を築かなくてはいけなくて。
(はっ、意味わかんない)
本来ならば、僕がその立場のはず。それなのに……
「いつもこうなんです先輩。
本当に…もう笑っちゃいますよね」
「ハル…様……」
本当、いつもこう。
アキばかりが辛い思いをして、僕はその上を平然と歩いてる。兄失格だ。
でも、それで僕が悲しい顔をしたらみんなが心配するし、僕の為に体制を整えてくれたアキにも失礼。
だから、前を向いていないといけなくて。
「………っ、」
(あーぁ、自分が嫌いすぎて堪んないなぁ)
なんて弱くて、なんて迷惑な存在。
僕なんて いっそのこと
ーーーー〝 〟のに。
「ーーハル様」
「っ、ぁ……」
正面に座っていた先輩が、いつの間にか隣に移動していた。
「少し落ち着きましょう、ハル様」
「は、い」
膝の上で白くなるほど握りしめていた拳の上に、ふわりと先輩の手が乗る。
(はぁ……もう本当に)
体の中にいる、ドロドロしたドス黒いもの。
〝これ〟と向き合ったら長い時間を取られ中々帰ってこれなくなるから、あんまり考えないようにしてるのに。
目を閉じて、吸って吐いてを何回か繰り返して、どうにかこの思考回路を引っ込める。
「ねぇ、ハル様」
「? なんですか?」
ある程度落ち着くと、優しい声が聞こえてきた。
「実は今、親衛隊にある動きがあるんです」
「ある…動き……?」
「はい」
先輩の顔は楽しそうに笑ってるから嫌な話ではないと思う…けど、一体なに……?
「ハル様の親衛隊と一緒に、アキ様の親衛隊もお作りしようというものです」
「へ、」
(僕のと、一緒に?)
事の発端は、月森先輩が僕とアキ2人の月森になったということ。
こういった噂に敏感な学園だから、アキが転入したその日にはあっという間に話が駆け巡ったらしい。
「私は現在ハル様の親衛隊長です。ですが、アキ様の月森でもある。それで、ハル様の親衛隊幹部たちに言われました」
『あの、隊長…僕たちでアキ様の隊も作りませんか?』
『双子なんですし、一緒に作った方がハル様も喜ばれるのでは……』
『隊長もお2人の月森なんですし』
元々先輩から提案するつもりが、この前の集まりで逆に『いかがでしょうか?』と聞かれたのだそう。
「本当に驚きました。その後即皆の許可を取り、隊員全員からOKを貰いましたのでハル様に報告しようかと」
「そう…だったんですね。僕も賛成ですっ!」
というか、元々はアキが作った親衛隊なんだし僕が許可しないはずが……
「それに、最近隊の皆がよく仰ってることがあります」
「?」
「ーーハル様が、優しく笑われるようになられたと」
「………ぇ、」
『アキ様が来られてから、ハル様が前より優しく笑われるようになられた気がする』
『寧ろアキ様の方が、前のハル様のように緊張されているような気が…』
『今のハル様を見て、なんだか安心しました』
『だから次は、アキ様をそのような笑顔にさせてあげたい』
この意見には、先輩もタイラちゃんも度肝を抜かれたらしい。
「正直…私は親衛隊というものを舐めてしまっていたのかもしれません。ですが、皆その方を慕って集まっている者たち。〝ハル様〟という人をしっかり見ておられます。
皆、気づいておりますよ。ハル様が前よりも優しく笑われているということに」
「っ、やさ…し、く……」
「えぇ」
僕とアキが入れ替わった事を、みんなは知らない。
でも、バレてなくてもその微かな〝変化〟に、気づいている。
しかもーー
「……僕が前の僕と変わってきて、安心…しているんですか?」
「えぇ。雰囲気が柔らかくなられたと」
『きっとアキ様がいらっしゃったからですね。ハル様も嬉しいんですよ』と先輩がさり気なくフォローしてくれてるから、特に変な疑問は持たれてない。
でも、安心って
それは、つまり……
「変化のあった〝ハル〟を、受け入れてくれてる…って、こと……?」
「えぇ、そうです」
嘘。
そんなことが…あるの……?
みんな、アキが演じてた〝ハル〟のことが好きで集まってくれてる人たち。
それなのに、安心…なんて、そんな……
「ハル様。親衛隊の愛を侮ってはいけません。
彼らは常にハル様の為に行動しており、そして今アキ様をも助けようとしています。
ーーもう、彼らは既にお2人を受け入れていますよ」
「っ、う…そ……」
胸がぎゅぅっとなって、言葉が上手く出てこない。
じんわりと暖かいものが拡がって、泣きそうになる。
僕のことを知らなくても、アキだった時の〝ハル〟と〝僕〟の変化に気づいて…離れていかずに寧ろ安心してる、だなんて……
「ね? ハル様。ですから、
ーーーーハル様は、ここにいて いいんですよ」
「〜〜っ、せん、ぱ、」
もう、限界で。
体の中のドス黒いものが、微かだけど薄れたような気がして。
思わず先輩の肩口に、顔を埋めた。
背中を支えながら頭を撫でてくれる先輩は、同じく安心したようにクスクス笑っていて。
(あった、かい……)
少しだけ、そのまま目を閉じた。
「それではハル様。
一緒に作られるのであれば、親衛隊の名前を新しくせねばなりませんね」
「ふふふ、そうですね。なにがいいでしょうか?」
「ハル様アキ様親衛隊というシンプルなものでもいいですし、小鳥遊親衛隊でもいいですし……」
「うーん、もっとユニークな名前もいいですよねっ。何かないかなぁ……」
落ち着いてから、ぽつりぽつりと先輩と話して。
アキの「ただいまー!」が聞こえてくるまで
これからの話を、ずっとしていたーー
fin.
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