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sideハル: 僕らのこと
それからは大変だったらしい。
船は即引き返して、部屋に運ばれすぐ処置が施されて。
月森先輩にはアキから連絡がいき、その日のうちに駆けつけてくれたそう。行事が終わって後片付け中だったから大丈夫でしたよと教えてくれた。
海に落ちたショックは思いの外すごく、僕はまる3日寝込んでしまった。
ようやく意識は戻ったけど、身体が重くてどうしようもなくて。結局動けるようになったのはそれから2日後…夏休みの終わる2日前だった。
「ハル」
「……アキ」
夕焼けが終わり、綺麗な星が見える夜
動けるようになってからすぐ、自室にアキを呼んでもらった。
僕の部屋は必然的に月森先輩のとこから医療器具が揃う当初の部屋へ戻されていて、ベランダから下を見れば庭で楽しそうに花火をするみんなの姿が眺められる。
涼しい海風に髪が揺れて、一緒に火薬の匂いが運ばれてきて「これも夏の匂いなんだな」と思いながら、2人でベランダに椅子を並べた。
静かな空間、下からのはしゃぐ声。
みんなの持ってる花火が綺麗な色を放ちながら、どんどん燃えては消えていく。
「あのさ、ハル」 「ねぇ、アキ」
パッと同時に顔を向けてしまい、一緒に目を見開いた。
こんなことにはもう慣れっこ。昔からしょっちゅう。
同じ顔が段々くしゃりとおかしそうに歪んできて、僕も思わず笑ってしまう。
「アキ。多分、今僕たち同じこと考えてると思うんだけど」
「それ俺も思った、せーので言ってみようよ」
「うん。せーの」
「「僕、アキに依存しすぎてた / 俺、ハルに依存しすぎてた」」
「「……っ、はははっ」」
ほら、やっぱり。
言葉よりも先に、まず笑い声が出た。
「レイヤが気づかせてくれたね」
「そうだな」
今回、レイヤの挙動は明らかにおかしかった。
普段からアキにベッタリなのに何故か旅行に僕やイロハたちを誘う。そのくせいざ着いたらまたアキにベッタリくっつく。アキといたいなら僕らを誘わなければいいのに。
なんの目的があってこうしたのかずっと疑問だった…けど。
「ここでこうやって過ごしてさ、すごい感じた。
俺、ハルにいっぱい頼ってたんだなって」
同じ場所で離れて過ごすのと、離れた場所で離れて過ごすのは全然違う。
僕が参加してなかったから、きっと僕らはこのことに気づかなかった。
レイヤは気づいてほしかった。だからわざと僕を誘って、同じ場所にいるのに離れて生活するということをさせた。
イロハやカズマも使って、アキをより僕から引き離して。
「初めてだったね、変な空気になったの」
「普通の兄弟はきっとこんな感じかもな。
俺たちは特殊だから、多分普通がわからなかったんだ」
互いに別々のことをして当たり前。
共通の話題がなくて当たり前。
それが僕らには当たり前じゃなかった。
だって、ずっと2人でいたから。
何をするにも2人一緒で。絶対手を離さないよう掴んできて。
今はレイヤという人が現れたから、もうアキといなくていい。
でも幼い頃からの習慣で僕はアキを、アキは僕を盲目的に意識してしまっていたんだろう。
互いの存在に依存とか……本当に気づかなかった。
「ハルが海に落ちたとき、俺すぐに動いたのにヨウダイ先生とレイヤに出遅れたんだ。
2人とも運転手と話してたのに、すぐ飛び込んでいって…
『あぁ、もう俺だけでハルを守らなくてもいいんだ』って思ったよ」
助るのを止められた。
「俺たちが行くからお前は待っとけ」と、言われた。
「それに、なんかすごい涙出てきて…安心、して……っ。
俺たちはもうふたりぼっちじゃないんだなって、思って」
「アキ……ぅん…うん、そうだね」
震える背中を互いに抱きしめ合う。
小鳥遊にいるとき、アキが僕として通ってるとき、いつもこうして2人で抱きしめ合っていた。
一緒に悩んで、支えあって、泣いて。
家族のしがらみから抜け出しても、無意識に僕らは身を寄せ合っていたんだ。
「ハル。
俺さ、これからは自分のために生きるよ」
体を離したアキが、真っ直ぐ言う。
「今までずっとハルのために生きてきた。
ハルをひとりにしないように、絶対幸せにできるようって動いてきた。
でも、これからは俺だけの人生を歩んでみたい。知らない世界を見てみたい。
俺は、俺を精一杯 生きてみたいよ」
「ーーっ、うん、僕もだ」
僕も、僕だけの人生を 歩んでみたい。
「俺、高校卒業したら建築科のある大学に進む。
将来は龍ヶ崎になることが決まってるし、会社の中枢入るなら経済とか法律とかの知識も必要だけど、それよりまずやってる事業に興味を持たないとと思って。
レイヤにもまだ相談してないんだけど、話してみようかなって考えてる」
「うん、いいね。
きっと喜ぶんじゃないかな。応援する」
「ハルは、どうする?」
「僕は……」
ぼくは
「まだ、わからないや」
アキみたいに明確なものは、ない。
「けど、とりあえずアキが作ってくれた〝ハル〟を演じるのは、やめようかな」
せっかくアキが僕のために作ってくれた居場所。
自分を偽ってまで渡してくれたそれを、僕は捨ててしまおうと思う。
「うん、いいんじゃん。
俺が作ったのは所詮まがいものだから、本物のハルには勝てないよ。ハルも偽物のハルになりきらなくていい。
自分らしくいて、お願いだから。
ズレても大丈夫!俺たちには月森先輩がいるからさっ」
「クスクスっ、そうだね」
そうだ、僕らには最強の味方がいる。
〝ハル〟とハルに何か違いができても、きっと修正してくれる。
「……で、ハルはヨウダイ先生と一緒にいるの?」
「うん…どうかな……
というか、やっぱり気づいてたんだ」
「当たり前だろ、ハルが寝込んでる時もう話もしたし。
ハルが幸せでいてくれるなら、俺はそれを尊重する…けど……」
「っ、ははは!アキ顔がっ」
「しょうがないだろ!!」
まるで苦虫を噛み潰したよにうへぇ…と表情を歪ませる片割れ。
あの人の本性を知ったんだろう。
気持ちがわかりすぎて笑いが止まらない。
「いい人なのはわかってるんだよ…でも……
相談とかは乗るから、絶対教えて。
いいか!絶対だぞ!? 絶対に絶対!!」
「わかったわかった」
「わかった2回も言った、絶対相談しないだろハル!
無理矢理にでも乗り込んでやるからなまじで」
「ちょっとアキ、僕の人生なんでしょー?」
「それでも!!」
「っ、あははは!」
面白くて、おかしくておかしくて思いっきり笑ってしまって。
自然とアキも一緒に笑ってて。
「ということでさ、高校では思いっきり2人でいようぜ。
卒業したら離れ離れになるから」
「うん。僕ももうアキをレイヤと同じ部屋にさせようなんて思わないから」
卒業したらどうせレイヤのものになるんだ。
それなら、あと1年半は僕と過ごしてもいいだろう。
来年は現在副会長の僕が会長、秘書のアキが副会長になるはず。
2人とも1人部屋をもらうけど、イロハたちみたいに一緒に過ごしていきたい。もちろん、仲のいい兄弟として。
未来は別々になってしまうけど、でも僕たちはこの世で唯一の血の繋がった兄弟……双子だ。
「よしっ、じゃあ話は終わりかな」
「なら花火しようぜ!
イロハが何本か残しとくって。
ハル体調大丈夫そう? ここに花火持ってこよっか?」
「んーん平気、僕も降りるよ。
肩貸してアキ」
「もちろん」
僕の人生は、どうなるかわからない。
どれくらい生きられるのかも、自ら死を望むのかも不明。
それでも、僕のハルとしての物語は 今始まった。
僕の人生は、やっと始まったばかりだから
「ねぇアキ。ずっとずっと大好きだよ」
「俺も、ずっとずっとハルが大好き」
すぐそこで微笑む片割れと、笑い合いながら
下へと続く階段を、ゆっくり降りていった。
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