491 / 533

sideハル: この関係は、まるで

夏休み最終日の、夜。 荷造りを終え、自室で先生に抱っこされる。 また復活した好き好きタイム。でも、頻繁にされるのも今日が最後。 「ハルちゃん今日も静かだね」 「………」 相変わらずされるままになってる僕を、背中から楽しそうにすっぽり包んでくる。 (最後…最後、か) 夏休みの宿題は完璧。 夏の風物詩だって、やれるものは全部した。 本当、今までで1番充実した休暇だったと思う。 「楽しかった? ここで過ごすの」 「……うん」 「そっか。なら尚更海に落ちたの残念だったね。 おかげで最終週丸潰れしちゃって…僕も予想外だったな」 「…なんで僕を助けた後すぐ浮いてこなかったんですか? イルカがどうとか、馬鹿なんじゃないの」 「引っ張りあげる時のハルちゃんの様子見て、少しくらいならいいと思って。現状維持が目的だし今はもう大丈夫でしょう? もしかして、今回のことで海嫌いになった? 怖い?」 「………いえ、好きです」 嫌いになんてなるはずない。 中から見たあの景色は、一生忘れない。 自分が何を思って、手を伸ばしたのかも。 先生の手は、相変わらず気持ちい。 僕の髪をすいて、頬を撫で楽しそうに肩へと下っていく。 『僕は、僕だけの人生を歩んでみたい』 昨日、アキと話したときに出た言葉。 僕はこれから、僕だけのため人生を歩んでいく。 歩んでいく=生きていくというのは僕の場合違うけど、自分の未来を自分で選んでいくんだ。 生きるも、死ぬも、全部ーー (僕 しだい) 「? ハルちゃん……?」 振り返って目を合わせる僕に、キョトリとする先生。 僕は、この人に手を伸ばしてしまった。 窮地に陥った瞬間届いてたのが太陽の光だったからかもしれないけど、この人の顔が浮かんだ。 「ハルちゃん」と呼ぶ声が、浮かんだ。 「…先生は、この先もずっと僕といるの?」 「そうだよ。ハルちゃんと一緒。嫌われても側にいる」 「それ迷惑だって思わないの」 「迷惑でもしょうがないじゃん。大好きなんだから」 「好きなら相手のためを思ったほうがいいですよ」 「ハルちゃんにそんなもの通用しないでしょ。 押しまくるくらいがちょうど良いんだよ。自分で自覚してるよね?」 「っ、はは」 こんな僕のことを全身全霊で「欲しい」と言ってくる狂犬。 なんでこんなのに見つかったんだろう。僕の運の尽きかな。 言葉がまったく通じなくて、頭のネジがいくつも飛んでいて、意味がわからないくらいに執着してきて ーーでも、 「ね、僕が死ぬときも 一緒?」 「もちろん。死んでからも一緒だ」 幼い頃からみんなより死が近くにあったから、そんなに怖くはない。 それでも、あの暗い海の底へひとり沈んだように、ひとりきりで死にたくはない。 こんなにどうしようもなく狂った人ならば 僕以外を全て削ぎ落とし、僕のみを眼中に捉える人ならば …僕も、少しだけ……手を伸ばしてもいいのだろうか。 自ら体の向きを変え、目の前の肩に顎を乗っけて保たれかかる。 一瞬戸惑ったように固まる先生。 でも、すぐ大きな手が背中に回ってきた。 僕が先生の背に手を回すことは……ない。 (この関係を、なんて言うんだろう) 恋などといったふわふわしたものじゃない。 愛よりもずっと重い…限りなく黒に近い色。 「愛してる」だなんて、そんな言葉じゃ片付けられない もっと狂気的で猟奇的な ーー僕が抱えているどす黒いものさえ飲み込んでしまうような、想い。 (あぁ…本当に……) 自分だけのものが欲しいと望んだ僕が、ようやく手に入れたのはこんな人。 可笑しくて可笑しくて笑ってしまう。 ……けど、僕にはお似合いだろう。 こんな僕に最後まで付き合える人なんて、きっとこの人くらいだから。 もしアキとレイヤの関係が甘いミルクを溶かしたようなチョコレートだとしたら 僕らの関係はカカオを100%に近いほど入れた、苦すぎるビターチョコ。 「食べられない」と誰もが避けてくような、そんな関係。 でも、この人は この人だけは、誰の目も気にせずこうして僕を包みこんでくれるから だから、僕は 「………今日は、同じベッドで寝ていいよ」 「ぇ」 「ずっと見てるの気づかないとでも思った? 最後なんだし、抱きしめるだけなら…別にいい」 抱きしめ返すことも、想いを返すこともできないけど 少しだけなら…手を伸ばそうと……思う。

ともだちにシェアしよう!