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理科室・家庭科室・音楽室・体育館・中庭・グラウンド… よく使うベンチや何気ない廊下まで、歩きながら一つひとつ説明していく。 先生はすごく楽しそうで終始笑顔。多分、聞きながらここで僕がどう過ごしてるのかを想像してるはず。 (先生の中の僕ってどんな感じだろう) こんなツンツンした性格なんだろうか。 それとも、もっと優しめの奥ゆかしい感じ? まぁ、この人ならどんな僕でも受け入れてくれそうだけどーー 「あれ、龍ヶ崎先生?」 「ん」 次の場所へ向かおうとしていた廊下で、声をかけられる。 「やはり先生だ!こんなところでお会いするとは。 ご無沙汰してます」 「あぁ、お久しぶりです。 先日はありがとうございました。その後調子はどうですか?」 「すこぶるいいです!いやぁ先生を紹介してもらえて本当に助かった。前と全然生活が違います」 「それは良かったです。きっと僕を訪ねてこられたときがピークだったんですよ」 「ご謙遜を。先生の腕がいいんです」 中年の男性。会話から先生の患者。 シワのないスーツを見事に着こなすその人は、恐らく誰かの父親なんだろう。 僕の説明にひたすら頷くばかりだった先生の口がいきなりペラペラ動きだし、思わず見上げる。 外面の笑顔だ。しかも敬語。 本性を全て隠した涼しげな顔で対応していて目を見張る。 先生って普段こうなんだ。 こんな感じの雰囲気で、患者と接してるんだ。 (そうだよ、この人普通に病院の先生じゃん) しかもちゃんとしたところの。 有名だし、そりゃ患者の数も多いだろう。 (………あれ? なんか) なんか、なんだろう。なんか嫌だ。 なんでこんな気持ちになるのかわからないけど、さっきとは違う意味で胸がギュッとなる。 なんだ? なんでこうなるんだ? わからない。けどーー 「ぁ、あの」 先生のシャツをクイッと引きながら声を上げると、2人が一斉にこちらを見た。 「先生はまだ行くところがあるので、その」 「おや? そちらは小鳥遊の……ハルくんのほうですか?」 「あ、はいっ」 「これは!いつも息子がお世話になっています。 私は今年入学した1年生の父親で、こういう者なのですがーー」 「すいません」 突然じゃなくごく自然な形で、先生が僕の前に出た。 「今は文化祭中なので、名刺はちょっとなぁと思うのですが」 「あぁそうか、そうですよね。いやぁ失礼した」 背中に隠され、顔面いっぱいに先生のシャツ。 ふわりと香る匂いは、いつもの消毒ではなく柑橘系の爽やかなもの。 さっき抱き寄せられたときは気づかなかったのに、今鼻にきてぶわっと体温が上がる。 なんか一気に接近した感じ。 テリトリーに入ったみたいで居た堪れない。恥ずかしい。 そのままもう少しだけ話をして、「ではまた」とその人は去っていった。 「ハールちゃん」 「っ、」 「ふふふ可愛いね、最高」 「うるさいです… さっさと次行きましょ、案内飽きてきました」 「そうなの? やめる?」 「やめません!」 「わー矛盾だ。可愛い」 「どこが可愛いんですか…謎すぎ……」 「僕だけ知ってればいいんだよ。 ほら、行こう?」 「え、」  パッと僕の手を取り歩き出す先生。 「ちょ、繋がなくてもっ」 「いいじゃん。人多いんだし話しかけられるのも面倒だしさ。こうしとこう? ね?」 「ーーっ、」 先生の手は、相変わらず気持ちい。 そこから伝わる温度もとても心地よくて、「はぁぁ…」と大袈裟なため息を吐きながらも手を握り返した。 「お待たせしました〜ごゆっくりおくつろぎください」と、接客を終えた着ぐるみが持ち場に帰っていく。 あれからまたいろんな場所を巡って、一通り巡りまだ時間があったからさっきのアニマルカフェに寄った。 歩き回って喉も乾いたし、丁度いい。 向かい合って座り、コーヒーやケーキ・サンドイッチの並ぶテーブルを見つめる。 「結構歩いたね、疲れてない?」 「大丈夫です。ゆっくりだったし」 「そっか。あぁー校舎見れてよかった。 寮に行けなかったのは残念だけど」 「寮は解放してませんからね。保護者の方でも見ることはできません」 「セキュリティーちゃんとしてるんだね。ハルちゃんの部屋とか見せてもらいたかったな。 アキくんと同室なんだっけ」 「はい。でもアキはよくレイヤのところに泊まるので、月森先輩が泊まりにきたりします。 昨日一昨日も先輩が来てました」 「そうなんだ。じゃあ文化祭中レイヤとアキくんはいちゃいちゃしてるんだね」 「いちゃいちゃって…そんな体力多分残ってないと思いますけど……」 「あはは例えだよ、例え」 和やかに話しながら、先生の手がサンドイッチを取っていった。 もう少ししたら、僕の自由時間が終わる。 この後は仕事だって言ってたから、先生も仕事に行く。 (……なんか) 「先生」 「ん?」 「先生って、どうして今の病院選んだんですか」 なんでか、先生のことが気になった。 (さっき患者と話してるとき思ったけど、僕この人のことなんにも知らない) 先生の生い立ちや医者になった理由は聞いたけど、それ以外。 日常とか、仕事やプライベートとか。 校舎もそうだけど、僕ばっかりが先生に知られてちょっと不公平だと思う。 向こうはどんどん知っていってるのに、僕は知らない。 なんか…嫌だ…… 「……っ、ふふ、んー」 こちらを凝視したまま固まった先生が、クスリと笑い出す。 それから僕とふたりのときに見せるトロリとした甘い顔で、笑って 「あの病院はある人からの紹介で入ったんだけど、その人がーー」 嬉しそうに、楽しそうに、もっといろいろ訊いてほしいというように ゆっくり話しはじめた。

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