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sideハル: 決戦のとき 1
「ねぇアキ、イロハ、僕おかしくない……っ?」
「うん全然!すごく似合ってるよ!!
というか…」
「これもなんかデジャヴだよな……」
「ね。おれ去年もこれ言った気がする」
「え、そうなの?」
後夜祭、当日。
緊張でガチガチな僕へ、面白そうに2人が笑う。
「まさかこんな使い方するとは。
ちゃんと仕舞っててよかった……真っ白だからシミとか付いたらどうしようと思ってたんだよな。
去年とおんなじだ。綺麗」
「アキ本当にいいの?
レイヤも去年と同じ仮装だし、〝ハル〟がこれ着てたっていうのは分かるけどアキが着たほうが…」
「んーん、俺はもう普通のでいい。
それよりも、今はハルに必要なものだから」
「おー、揃ってんな」
僕らがいる校門前に、レイヤと月森先輩が歩いてきていた。
「矢野元が後夜祭の挨拶立派におこなったぞ。来年はお前らの誰かがやれよ。
……と、へぇーやっぱ懐かしいなそれ。似合ってる」
「クスクス、えぇ本当に。去年が懐かしいですね」
先輩から忘れていたコートを受け取り、フードまでしっかり被る。
去年はマントだったらしいけど、今回は真っ黒なコート。足の付け根まで隠すほど長いのに、軽くてあたたかい。
「今日あいつ病院泊まるらしいから、そのまま病院行け。
夜勤とかじゃなく普通に泊まるんだと。案外仕事熱心なんだな」
「既に手配は済んでますので、着いたら正面でなく裏口へ回ってください。そこにいる警備員に〝龍ヶ崎〟の名を言えば、すぐ案内してくださいます」
「親父がすげぇ楽しそうに手回し手伝ってくれた。
次会ったら絶対なんか言われると思うから、覚悟しとけよ」
「わ、かった…」
想像以上に万全な準備。
というか、元はと言えばそもそもマサトさんが僕とあの人を引き合わせたんだった。
(やっぱり、手のひらの上で踊ってたのかな僕は)
くそう。なんかしてやられた感。
でも、もうなってしまったものはしょうがない。
「ハル様」
コートを握る手を、先輩の手がそっと掬った。
「大丈夫です。きっと、いい方向にいきます。
あの方がハル様の想いを踏みにじるなど、決してありません。
受け止めてくれますよ。絶対に。
だから安心して、ちゃんと話をされてきてください」
「っ、せん…ぱい」
「お帰り、お待ちしていますね」
「ーーっ、はい」
先輩にも多分、上手く転がされた。
結果的にいい兆しというのが、見えてるのかもしれない。
(でも、もうそんなものは)
ーー他の人がどう考えてるとかは、いい。
話が終わったタイミングで、黒塗りの車が後ろに止まる。
それに乗り込み、窓を開けてみんなを見て
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃいハルっ!後夜祭のことは任せて!」
「気をつけてな、絶対大丈夫だから!」
「安心して行ってこい」
「いってらっしゃいませ、ハル様」
見送られながら、学園を後にした。
(うわ、思ったより寒いな……)
病院の薄暗い廊下はひんやりしていて、思わず両手で体を抱きしめる。
言われた通り病院に着いてすぐ裏口に回り、龍ヶ崎の名で入れてもらった。
案内してくれる警備員は僕の事情を知ってるのか、かなりゆっくり歩いてくれて安心する。
普段の僕のスピードよりもゆっくりだけど、逆に落ち着けるし周りが見れるからいい。
ここが、あの人の職場か。
いろんな病院へ行ったことがあるけど、ここは初めて。
かなり大きくて広い。
そして裏口から難なく通してくれるのを見ると、有名人から企業の大御所までたくさんの人を患者に抱えてるんだろう。
たくさんの人を…患者に……
(これが終わったら、案内してもらおう)
僕が校舎内を案内したように、普段使ってる部屋や周ってる病室・よく使う廊下・テーブルや椅子まで全てを教えてもらいたい。
ここで、あの人がどう過ごして 生きてるのかーー
「この先のドアです」
エレベーターを出て角を曲がったところで、警備員に言われる。
どうやらここまでが指示だったらしい。お礼を言って、戻る姿が見えなくなってから大きく深呼吸した。
(大丈夫…落ち着け……)
レイヤと月森先輩は、「本人には伝えてない」と言っていた。
だから、今僕がここにいることを、あの人は知らない。
「すぅぅ……はぁ……」
何度も深く呼吸して、バクバクうるさい心臓を落ち着ける。
みんなが手伝ってくれた。
話を聞いてくれ、背中を押して送り出してくれた。
何度も何度も「大丈夫」だと、言ってくれた。
それなら、きっと
きっと 僕は
「ーーっ、」
意を決して近づき、コンコンッとノックする。
『空いていますよー。入ってください』
職場の人と思ったのか、敬語での返答。
それに、クスリと笑いながら
「失礼します」
「っ、は……え………?」
ガラッと音を立てて、大きくドアを開けた。
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